何度目かのフィードバック。
あちらでの自分は何も知らずに日常を過ごしている。他の人達もそうだ。
戦いなどと無縁で、叔父の店を手伝い、遅れながらも学校へ行き、友人達と話す。…当たり前の、日々。
今この非日常の中、流れ込んでくる記憶はもどかしくもあり……そして、尊くも感じた。
……記憶に関しては、ひとつだけ好都合なことがあった。
ここで起こった事は、元の世界に戻れば誰も覚えていない。
それは自分が異能を使ったことも、元の世界では誰も覚えていないということ。
異能を人に見られるのは抵抗があった。
使わなければ身を守れない状況だとはいえ、今でもそこだけは不安として残っている。
だが、ここで誰に異能を見られようが、イバラシティで言及されることはない。
そう思えば、異能を見せることへの抵抗も少しはましになった。
……己の不安とは裏腹に、異能について深く尋ねられたことは、今のところ、無い。
そもそも、戦うしかないこの場所では、どんな異能を使っていようが気にされないのかもしれない。
誰にも気にされない。誰も覚えていない。
今この場であれば、戦いさえできればとやかく言われることもないのだろう。
今この場であれば、自分は好きに異能を使うことが出来るのだろう。
だが、それでは結局――……
……胸に覚えた高揚感は、しかし、この争いの場でしか能力を使うことのできない己への自嘲で打ち消された。
――先へ進もう。そう思った時。
声が聞こえた気がした。
……それは、この場にいる人物のものではない。
それに、まだ"Cross+Rose"にもログインしていない。
周囲を見渡してもその声の主は見当たらなかった。
……グラフィティの龍を一体、呼び寄せて。
近くにいるかもしれない"誰か"を探すために、共に進み始める。
それは今の時間より、少し前の出来事だった。
彼の異能、『瞳を描き入れた絵を実体化させ、操ることのできる具現化能力』は、正しく言えば超能力のひとつだ。
超能力者。彼の場合は、脳構造が特殊な発達をしており、それにより生まれた五感を超えた知覚が超能力として現れた。
意志によって現象を引き起こす力、それが彼の持っている超能力だ。
彼の能力にベースとして現れているのは念動力。
そして限定的な遠隔透視、空間認識。さらには微弱な精神感応。
これらの能力が合わさることによって彼の異能は形作られている。
それは具現型異能に見られる『創作物の具現化・使役』の能力に、さらに限定的な発生条件が加えられた異能。
トリガーは”絵に瞳を描き入れる”。彼が『自らの手で描いた絵である』と認識した対象にその効果は現れる。
瞳が描き入れられなければ、それはただの絵に過ぎない。
そして瞳が描き入れられていれば、どのようなモチーフであろうと実体化が可能となる。
異能が発動すれば、描画材を描かれた絵の形に固定し、その成分に一時的な変質――主に、硬化と体積の増加を起こさせる。
これにより、本来平面上に描かれた絵を実体化させ、三次元的肉体を持たせることを可能としている。
実体化できる時間に制限があるのは、変質によって描画材の成分に耐久限界が来る、というのが大きいだろう。
この絵画材の固定、変質、使役を行うのが念動力の役割である。
遠隔透視・空間認識、精神感応については、絵に瞳が描き加えられた時点でその効果が現れる。
遠隔透視・空間認識の能力は、描かれた絵の位置把握に使われる。
異能の効果が発揮されている絵であれば、離れた場所であっても存在する場所を把握することが可能だ。
そして、精神感応。その内容は絵に自らの精神の一部を憑依させる……といったものである。
あくまで一部であり、微弱なそれは絵の方へ意識そのものを移すとまではいかず、また他の人や物にも憑依することは不可能。
使用している本人も精神感応の効果を自覚することはほとんどないだろう。
しかし、精神的なつながりを持つことによって自らの意識と同調する為、ただ念動力で操るよりも繊細なコントロールが――
いうならば、手足のように動かすことが可能となっている。
この精神感応も、実体化を終えた時点で効果は消え、憑依した精神は本人の元へ還元される。
難点として、こうした精神面との繋がりによる、感情による異能の暴発の危険性は無いとは言い切れない。
瞳を描き入れるという発動条件は、望まぬ能力の発動による負担を抑える為の安全装置とも言えるだろう。
彼自身も自らの能力を正しくは把握できていないだろう。
だが、彼の持つ超能力は、彼の意志によりその力を発揮する。
そして、ハザマでは異能の力が強化されるという。
もしかすれば、今この場であれば、その本質を理解すれば。