イバラシティと良く似た荒れ果てたハザマの街並み。
赤黒い空にほんのりと浮かぶ建物の影は、スタンプラリーで街を巡っていた自分には見慣れたものも多くって、
家主の居ないボロボロの建物を見る度に、そこに居た人たちに訪れた”最悪”を考えてしまう。
…勿論ここはイバラシティとは違って、建物が荒れていても、そこに居た人とは関係がなくて。
けれど、見知った場所が荒れ果てている光景を見ると、どうしてもそういう考えが過って不安になってくる。
スタンプラリーで歩き回って、巡った場所たち。
お友達と、知り合った人と一緒に入った素敵なお店。
大好きな家族だった人たちと一緒に過ごした、想い出の場所。
それも、全部。全部。ここでは荒れ果てていて。
この光景を見ていると、アンジニティに侵略をされてしまった末を見てしまったような気分になって、くらくらと気持ちが悪くなる。
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りりぃ 「………ここ、千歳さんの、お店だ……」 |
嫌な考えを振り払いながら歩いていけば、目に留まったのはよく通うようになっていた飴屋の建物。
甘いキャンディに、飴で出来たキラキラのオーナメント。
…店主の千歳さんは、ちょっとびっくりすることもしてくるけれど…とっても優しかった。
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りりぃ 「でも………嘘、だったん…だよね…」 |
本当は、千歳さんはアンジニティの住人で。
お店を構えていたのも、全部、ワールドスワップの影響で…。
お互いに作られた記憶で関わっていた。
…そんな、薄氷の上に作られたような関係が、きっとまだまだいくつもある。
そういったことを考えると、この先を進むのが。関わってきた人たちに出会うのが。
どちらも、とても…怖くなるけれど。
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りりぃ 「(皆にとっては…私自身が、そうなんだ…)」 |
イバラシティの自分として。犬噛白百合として考えれば考えるほどに。
ハザマで汚れた記憶を思い出した自分自身の汚さが嫌になって、関わってくれた人たちに顔向けが出来なくなる。
自分自身が嫌だと思うこと。不安に思うこと。…怖いと思うこと。
それらは全部全部、自分にこそ向けられるべき感情だということが分かってしまって。
…けれど、親しくした人たちに向けられるのは何よりも怖くって…。
結局、話しかけてくれた人たちの殆どには、自分の素性を明かせていない。
そんな自分のずるさがなおさら嫌で、申し訳なくて。
それでも明かす気にはとてもなれなくて。
鬱屈とした心を抱える度に、歯に対する執着も強まっていってしまう。
歯。白い歯。滑らかな歯に、鋭い歯。
…それらに触れたいと願う気持ち。噛まれたいと願う欲求。
そんなものが、悩みも。恐怖も、罪悪感も。簡単に上回ってしまって。
今にでも一緒に並び歩いてくれる二人の先生の元に駆け寄り縋りたくなってしまう。
…けれど、そんなことは出来なくて。そう思うだけの心はまだ保てていて。
一人自らの腕を隠れて噛んで、衝動を慰める。
元々あった『噛む力が強い』というだけの異能。最近、ようやく好きになれてきた異能。
…あれだけ嫌だったのに、今は。今だけは。何よりも欲しいのに。
それは今では『躯の歯を操る異能』にきっと置き換わっていて。
どれだけ強く噛んでも、決して私の心を満たすことは出来なかった。