2人の忍の少女は、とある場所で出逢い、仲良くなりました。
そして仲間と協力し、それぞれ任務を達成して、めでたし、めでたし――
これはそんな物語で終われなかった少女たちの、続きの物語。
わたし、消えちゃったら、もういなくなるかもしれない、
……いられても、先輩のこと、覚えてるかどうかもわからない…!
たとえいなくなったとしても、すぐにまたどこででも探し出してみせますの。
──そして、また、一緒の時間を過ごしますの。
――先輩、わたしの狐笛、うけとってください。
ずっと、ずっと、ずっと、
今日が来たら、ぜったいに。笑って、それから消えるんだって、思ってたのに。
……だめですの! 消えたらだめですの! 許さないですの!
いなくなっても探してやるって、言いましたの……でも、でも
……いなくなったら、いやですの。いやですの……!
わらってって、おもってたのに、
ごめんなさい……、わたし、弱いから。……わらうなんて、できないよお……!
この笛。吹いてみても……いい、ですの?
わたしもいつか、先輩みたいに、きれいな音、だせるようになれるかな――
……ミナギの忍務は、強大な妖魔を滅ぼして、たいせつなひとたちの日常を取り戻すこと。
だから、忍務はまだ終わりではないですの。日常を。取り戻してみせますの──ぜったいに
約束、したから。ね──
(以下、本編日記)
*** Side : イバラシティ
コヌマ区の東の端。タニモリ区との境。
メゾン・ド・パリィ201号室。
いつもなら外に出歩いているわたしは、今日はベッドの上にいた。
莉稲ちゃんの卵焼きを真似て練習してみようかという気も、今日は起こらない。
あてなちゃんにもらったワニ肉を干したのをかじって、朝ごはん代わりにする。
宿題もやらないといけないのになあ。
昨日は、ヒトミ先輩に教えてもらったスナウラ異能総合格闘技会館で、
怒気先生や葛子さんと試合をして、社会人のイノカクの凄まじさも目の当たりにした。
身体も心もがかなり疲れているのは間違いない。
異能も何度も使って、新しいことも試して、知らない異能を見て。
とてもいい一日だった。そこまでは。
夜、帰ってきてみたら、すべてがひっくり返った。
毎日外に出かけているのは、遊びも半分あるけれど、情報収集が主目的だ。
色んな場所へ行き、色んな人を知り、いろんな世界を知る。
イバラシティに来て1ヶ月と少し、学校にも行きながら駆け回っているが、
我ながらよく動いている方だと思う。
仕入れてきた情報は、既に知っているのは承知の上で、体内の同居人にもあらためて共有する。
(こかげはわたしに憑いているから、わたしが見ているものは見えるし、感じたものも感じられる。)
口にしたり、記すことで、思考の整理にもなるし、記憶の定着にもなる。
同じものを見ていても、こかげとわたしの認識は違うから、違った意見も聞ける。
ちなみにわたしは霊感はサッパリだから、わたしが楽しく話していた相手が実は、ということを聞くこともある。
イノカク会館から返ってきた昨日も、同じようにするはずだった。
もちろん、久々に異能を使った実戦を体験したのもあって、いつもよりは長くなるだろう。
そのくらいの認識で、夜ご飯を食べたあと、お茶を飲んで、その合間に。
「そういえばこかげ、今日はイノカクしてても何も突っ込まなかったねー?
いつもなら小言を行ってきそうなものだけれど。なにか変なものでも食べた?」
こかげが口を開くと、だいたいは小言だ。保護者か。
こかげはわたしよりは明らかに年上だから、保護者で間違いはないんだけど。
「面食らった出来事はあったな」
「そりゃ変なものを……、えっこかげがびっくりすることなんてあるんだ」
こかげはとにかく感情の起伏が少ない。わたしとは正反対だ。いつでも冷静沈着。
そういうタイプのほうこそ、霊狐が忍獣として役に立つ理由だろうけど。
「鬼憑きがいた」
「鬼」
鬼。あまりに有名な怪異。
悪だけではなく、強さの象徴にもされるような怪異。
「良い器になれるそうだ」
「今度会ったら、のーせんきゅーって言っておいて」
「既に断ってある」
「おーけー」
わたしたちは、むしろ、そういった怪異や妖魔を倒すのが仕事の忍だ。
怪異や妖魔と縁遠い人々が、そのままに暮らせるように世界を守る。
そう、だからわたしも、今まさにイバラシティに来ているはずなのだ。
あの逢魔が時に響いた胡散臭い声による知らせがあったように、イバラシティを侵略から守るために。
なぜか、狐と一緒に。
……そう、ちょうど聞いてみたいことがあった。
なぜこかげはわたしに憑いているのか。その鬼みたいに。
もともと山にいた狐で――霊狐だったのは知らなかったけど――、そのまま従いてきたらいいだけのものを。
そう考えていたときに、こかげが次の言葉をわたしに投げかけた。
「試合をしてみた感想はどうだ?」
「あー……、うん、楽しかったし、あまり人と戦う機会ってないから、とても勉強になった。
なったんだけど、なんていうか……」
試合の後に、試合相手の助言もあって考えてみると、なにか違和感を感じてしまった。
自分はずっと、「一時的に走るのが早くなる」力だと思ってきたし、そのように使ってきた。
しかし、「走ること以外にも使えるのではないか」と言われてみればそのとおりで、
試してみれば、走る以外の身体の動き(今回は避ける動作だった)にも使えた。
さらにその時言われたように、認識や思考にまでその加速が及べば、確かに凄い力ではあるのだが、
なにか、ちぐはぐさを感じる。自分と噛み合っていないような。できるはずなのに、使えない
「なんか、力をうまく使いこなせなくて、借り物の力を使ってたような感じがして――」
「……」
単に、自分の力に、自分の思考能力や視野が追いついてないだけだろうか。
それだったら、もっと訓練をしたり、考えたりして、事足りるのかも知れないが。
その時そばで見ていたこかげに、問いかけ返す。
「ねえ、こかげから見てどうだった? この力って、何なんだろう。『限定的な加速』って言われたけど」
「当たってはいるが、本質ではないな。『加速』も『強化』も、単なる結果だ。この力は――」
「えっちょっと待って」
即答が返ってきて、わたしは途中で遮ってしまった。
なんで即答できる?
見ただけで理解できるから?
それともわたしの中にいるから?
それとも。
「こかげはわたしの力を知っているの?」
「知っている。――元はと言えば、それは私が持っていた力だからだ」
答えはすぐに返ってくる。
「じゃあ――」
すぐに次の弾を撃とうとして、気持ちに一度ブレーキが掛かる。
この前、ZOOでやってしまったみたいに、飛び出してしまわないように。
これを聞いてしまえば、なにか、踏み越えてしまいそうな予感がした。
でも、好奇心に抗えなかったというよりは、知らなければならない気がした。
ほかでもない、わたしのことなのだから。
だから、一歩を踏み出してみて。
「なんで、わたしはこかげの力を持っているの……?
そう、もっと言えば、なんで――こかげはわたしに”憑いている”の?」
返ってきた答えで、わたしの頭を真っ白に染まるまで時間はかからなかった。
気持ちは真っ逆さまに転げ落ちていく。
*** Side : ハザマ
その日からしばらくたって、荒れ果てた世界に場面が移った。
また、その間に体験したイバラシティでの記憶が、わたしに流れ込んでくる。
色んなところへ行って、色んな人と会って。
笑顔でいっぱい話したり、むくれっ面になって怒ったり、泣いてしまったり。
そして、つい先刻ハザマで聞いたことを、あらためてイバラシティでも聞いてしまったり。
とても不思議な感覚がしている。
あちらの自分とこちらの自分。
どちらも自分のはずなのに、ハザマにいる自分からすれば、イバラシティにいる夢を見ているみたい。
でも説明を信じるなら、ここにいる自分のほうがイバラシティの代理で、
このハザマの敵やアンジニティの住人を倒すのが、イバラシティを守るということ。
勝てばイバラシティはそのまま続き、負ければイバラシティの住人とアンジニティの住人は入れ替わる。
わたしが一体どんな状態なのかということは、分からないままだけど、
わたしがやるべきことというのは変わらない。
今のわたしにとっては、使命のままに、イバラシティを守るということが最優先なのだ。
それが忍というものだから。
泣き言を言う前に、まずは目の前を切り開いていかないと、始まらない。
ハザマのわたしが泣けない分、イバラシティのわたしは泣いてくれる。
もしここにわたし1人しかいなかったら、先刻の事実に泣いてしまったかもしれないけれど、
一緒にイバラシティを守ろうとしている人がいて、
眼の前にナレハテや敵がいて、
そんな中、わたしがぐずぐず泣いている暇はない。
ハザマのわたしが苦しんだのと同じぐらい、イバラシティのわたしも苦しんでいくには違いない。
けれど、同じわたしだから、それでどうなるか想像はつく。
わたしはきっと、そんじょそこらの出来事じゃくじけないし、膝を折ったりなんかしない。
立ち上がって、立ち向かって、そして何度でも走り出すだろう。あの詩のように。
そんなわたしの過ごす世界を守るために、わたしはハザマで戦うんだ。
|
みつき 「こかげ!向こうでは動けない分、こっちではフォローしてよ! わたしの頭じゃ追いつかないから、指示は任せた!」」 |
|
こかげ 「……承知した。自分の身体と、相手の動きにだけ注力するといい。 全体の状況は私が共有するとしよう」」 |
わたしの力は、「一時的に走るのが早くなる」という力ではなく、こかげの霊狐として力。
わたしを助ける礎として、わたしの中に入り込んだもの。
その本質は、生き抜くために自分の心さえ殺した心の在り様。
敵を騙し、味方を騙し、最後には自分さえ騙して作り上げた心象風景。
その力は、自分の心を操るように自分の身体も操る、一瞬の強烈な自己暗示。
もっと速くと願えば、本当の身体の力も超えて駆けることができ、わたしから見える世界さえも遅くさせる。
その力の反動を、霊狐であれば、霊力をもって支払う。
そしてわたしは霊力のようなものは持っていないので、本来、酷使した分の痛みや弊害が伴うはずだ。
『ならば、知覚する前に移し替えてしまえばいい』
それが、わたしの知らなかったもうひとつの不思議の正体。
わたしの負った反動をこかげへと移し替える、自己暗示に派生した呪いであり、加護。
これについては、理由を聞いて、こかげをぶん殴ってやりたいところだけど――、今は置いておこう。
わたしはひとりきりで戦うわけじゃない。
すぐそばに、自分の中にはっきりと分かる味方がいる。
それに、同じようにイバラシティを守ろうとしている仲間も。
だから、もし目の前にどんな敵が立ちはだかっても、走り続ける。