アンジニティやハザマ世界の『敵』には、異形が多い。
いつもより軽い足に、素早く振り抜けるハサミに俺は、『油断』した、『慢心』があった、
みんなを守るんだと『奮起』するあまりにその視界は酷く狭められていた。
相手が、ヒトの形をしているからといって。ヒトの言葉を話すからって。
「
あ゛っがぁ…っ!!」
それは
『弱い』というレッテルを貼るにはあまりにも不十分。
彼らは確実にヒトと異なるなにかだった。
視界に走るカラーノイズ。『怒り』『恐怖』『闘争』と『逃走』、『痛み』『恨み』『悔悟』、
どんなに駆け巡らせてももう遅い。自分の『意識』と関係なく『身体』が反応し吐き出される内容物に、
ああ、あの日何を食べたんだっけと場違いな『思考』も混ざり合って『気持ちがいい』?『気持ち悪い』。
誰かが糸を切った。まもなく意識が落ちる。
嫌だ、『嫌』だ、俺は、俺はヒーローなんだ、イバラシティの、AAAのヒーローで。
杏莉の泣きそうな目がつらい。アケビの見開かれた目が心に痛い。ミカゼ…風弥の横に裂けた瞳孔が…
やだ、いやだ、水の泡になって武器がヒトの腕に変化するのを見つめる。
それしかできない自分にまた吐き気がして。
ま だ
溺れるわけには……
見知った顔の白い手に引かれる幻覚を見た。8月12日の鰐目蛙崖を見た。だいすきだったゴーグルがこわれた日の。
目を覚ますまでそう時間はかからなかった。肩まで乱雑に伸びた髪が揺れる。
海老原 有一
えびわら ありひと。
《プールサイドヒーロー》のいつもの姿。
身体能力は通常の成人男性と変わらず、この状態でのハザマ戦闘は無力に等しい。
何を『思って』いいか分からない。1が強化されれば、同じく0も強化されるらしい。
今起きていることを冷静に受け止める以外に何ができよう。
あの一撃で、俺は腹部をめちゃくちゃにされた…はずだ。けれどこうして意識があり話せている。
それだけで十分。
めまいと頭痛まで『強化』されなかったのは幸いだ。けれど、2回目はどうか。
適当な水場で口をゆすぐと、口の中にからりと硬いものが入っていることに気づく。
銀色の層が渦を巻いて重なり、泡のようなきらめきが点々と散りばめられた石。
…恐らく、ネクタイト。でも。俺の《キチンハート》のネクタイトは、ロードナイトだ。
それは朧げな根拠しかない、『自信』だが。推定するに、二つ目の異能だろう。
戦いには不向き、自分に使うことも不可能なネクタイトだが…何かしらの使い道はあるだろうか。
後でアケビとイクコに見せてみよう。
俺が今やるべき事は、
イバラシティの平和を守ること。『敵』に立ち向かう事。
つまり。この拳を握りしめて。心臓を無理やり叩き起こせ。『器械的』?それでいい。
ヒーローは、そう簡単には死ねない。
「心の殻を……」
「打ち破れ!!!!」
コンシャアゲート
海老原 有一のネクタイトの一種。
効果は《水中呼吸》。水質を問わず無制限に呼吸できるが、毒性に身体が耐えられるか否かは無視される。
8月12日の誕生石といわれる。