アフロ男こと佐野エイジと無事に合流したあとは、トントン拍子に話が進んだ。
いつも一緒に佐野の話を聞いていた、他の二人と合流することが決まったのだ。
すなわち、『愚痴聞き屋』の倉原葉子と、フリーターの遠野透子だ。
二人共、実年齢は訊いたことがないが、少なくとも見た目は10代後半から20代前半の女性で、
明楽からすれば頼もしい存在だった。
佐野の言動は時折理解に苦しみ、不安に苛まれることもあるが、
他の二人はどこか飄々とはしているものの、垢抜けた落ち着きを伴っており、
同じ女子でも、まだあどけなさの残るクラスの女子達とはかけ離れた存在だった。
『愚痴聞き屋』の倉原葉子は、カレーを愛し、カレーに愛される女だ。
佐野エイジの集会はイバモールウラドのフードコートで行われる。
フードコートで行われる以上、何も頼まずに席に付くのはマナー違反なので、
学生の身分の明楽は大抵、安価なソフトドリンクをどこかの店で注文し、
席に着くのだが、葉子はというと、大抵何か食べ物を注文している。うどんとか。
そして、その店で購入した食べ物に、なんと……自分で持参したカレーをかけて食べるのだ。
それは、果たしてフードコートのルール的に、本当に許容されうるものなのか?
まだ出会って間もない頃、同席していた明楽は、
店側から怒られないのか、心配でならなかった。
フードコートには、張り紙がしてある。
『注文をせずに席のみをご利用されることはご遠慮下さい』、と。
このルールを字面通りに解釈すれば、
一応注文したものを食べている以上、完全アウトとは言えない……こともない。
持参物のみを単純に食べるだけなら、即アウトだろうが、
そう……彼女は、言ってみれば、単に調味料を持参しているようなものだと考えれば。
ギリギリセーフなのかもしれない。法の隙間を突いているのかもしれない。
このドキドキは、本当に彼女のことが心配なだけなのだろうか?
それとも何か別の感情も入り混じっているものなのか……中学生の明楽には、それがまだわからなかった。
ただ、カレーうどんをすする女子の姿って見ていて飽きないな、ってことだけは確かに実感できた。
そうして、女はいつも男をハラハラドキドキさせるものなのだと、明楽はこの歳で学んでしまったのだった。
実際に彼女が店側に怒られることは一度もなかったので、明楽はそのうち考えるのをやめた。
フリーターの遠野透子は、その肩書通り、自由な女だ。
何者にも縛られない自由を謳歌している、ように見える。ストレスフリーというか。
少なくとも、まだ学生の身分の明楽には、彼女がそう見えた。
勝手にカレーかける人とはまた別次元の自由さだ。
バイトがある日もない日も、服装や髪型がビシッと決まっていることは見たことがなく、どこかゆるい。
だからといって、だらしないという感じがするわけでもなく、何というか……つけ入る隙がありそうでない。
そしてそのカジュアルさが一番彼女に似合っている。
アフロだろうが、カレー女だろうが、男子中学生だろうが、
相手が何者であろうと気にせず平等に、フランクに接するその姿は、
接する相手を安心させて、油断するとすぐに心を開いてしまいそうになる危うさがあった。
もちろん、実際には、現代イバラ社会に生きる以上、完全な自由などはどこにもなく、
慣習・世間体・労働・法律・社会秩序等々、実際には様々な制約下で生きているであろうことは明白だ。
フリーターであったとしても労働している以上は何らかのストレスがあるであろうことも、想像に難くない。
しかし、不思議なことにそれを一切感じさせないのが彼女だった。
人に弱みをみせない、しかし決して驕り高ぶっているというわけでもなく、それが自然体。
ただそれは、彼女にとって、明楽が年下の相手だから、
あえて見せていないのであって、頼れる相手にはそれを見せることもあるのかもしれない。
うまく説明できないのだが、彼女はまるで異星人のような……
どこか、この場所にいることが異質なような、
それでいて自然に世界に溶け込んでいて、なにものにもそれを邪魔されない、邪魔させない……
そんな雰囲気をたたえていると、勝手に感じていた。
どんなふうに表現した所で、失礼になりそうなので、心の中だけで勝手に思っていた。
ぶっちゃけてしまえば、佐野の話をわざわざ聞きに来ていた理由の一つに、
彼女らと話すことができるという点も大いにあることは間違いなかった。
男子中学生にとって、年上女性とコミュニケーションすることができる機会というものは
決してありふれたものではなく、人生経験という点において非常に貴重で、有意義なものなのである。
なにせ、ただなんてことはない雑談をしているだけでもウキウキするのだ。
こんなことは家族や友人(男子)やアフロ(男子)相手には絶対に起き得ない。
IBARINEを交換できた日には、軽く心が踊ってしまった。
勘違いをしてほしくはないのだが、これは決して下心からによるものではない。
なにせ、明楽は自身の壮大な夢を叶えるまで、
特定の女性と親身な関係を築かないという制約を己に課しているのだ。
これまで学校で女子に告白されたこともあったが、血の滲むような覚悟のもと、全てを断ってきた。
だから、彼女らとも、友人を超えた関係になるつもりは毛頭ない。
一方で、明楽はまだ己が男子中学生の身でありながら、
彼女らと定期的に話す機会があることを誇らしく感じていた。
クラスの男子達に自慢してまわりたいくらい、誇らしい。
だがそれは非常にダサいことも自覚しているので我慢している。
こんな危機的な状況下でありながらも、彼女らと今後行動を共にすることが決まり、
一人の男として、彼女らを護れる頼もしい存在にならなくてはと、意気込みを新たにしていた。
無事に再会を果たした倉原葉子は、今までと何も変わらなかった。
遠野透子は、遠野透子ではなかった。
少なくとも、ハザマにおいては。