明楽はその辺に転がっていた棒切れや石ころを必死に投げつけ、
当たりどころが良かったのか(いやこの場合は、悪かったと言うべきなのか)、
運良く赤いドロドロした生き物を退けることができた。
ホッとしたのもつかの間、気を引き締め直す。またいつ今のような化け物に襲われるか分かったものではない。
すぐにでも次の行動を起こさなくては。彼は携帯電話を取り出し、メッセージアプリを起動した。
メッセージや通話の着信通知は……ない。
そもそもこの異様な世界で、この端末が使い物になるのかもよく分からなかった。電波はあるようだが……。
まず明楽は家族のグループに。そしてつぎは親しい友人のグループにメッセージを送った。
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ぼくはひとまず無事です みんなもハザマに飛ばされてる? 今どこにいますか、大丈夫ですか |
送信後、少し様子を見守る。……特に、送信エラー表示は出ない。
しかし既読になったわけでも返信があるわけでもなく、届いているのかどうかは未知数だった。
榊の話では、イバラシティの全員がこのハザマに飛ばされているというわけではないようだ。
ということは家族や知り合いで、飛ばされているのが自分だけという可能性もゼロではない。
明楽は悩みながらも、グループ通話ボタンを押しかけていた指を離しアプリを終了した。
こちらからのメッセージが届けば、何らかのリアクションがあるはずだ。さらなる連絡はその後でも遅くはない。
届かないということは、相手がハザマに飛ばされていないか、
そもそも携帯電話がこの世界で役に立たないかのどちらかということだ。
家族や友人も心配だが、まずは目先の問題を…自身の安全を確保するための行動にシフトすることにした。
付近をしばらく探すと、おそらく同じような境遇のイバラシティ住民達が集まっている一角を発見した。
安堵とともにすぐに駆け寄って、見知った顔が無いか探す。
家族や友人が見つかればよし。よしんば知り合いが居なくとも、
学生が困った雰囲気を出していれば、きっと親切な大人が護ってくれるだろうという打算もあった。
すると、人々の中に見知った顔……というか、特徴的で誰かすぐ分かる髪型の人物が目に止まった。
そう――――アフロだ。
アフロ――佐野エイジとの出会いは数週間前に遡る。
そう、まさにあの、榊からの突然のメッセージが来た直後のことだ。
侵略、アンジニティ、『団体戦』――まるで現実感のないその集団白昼夢から醒めて、
街中で呆然としていた明楽は、突如誰かに背後から肩を掴まれた。
ぎょっとして振り向くと、そこには彼―――佐野エイジが真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
アフロは少年に尋ねた。君にも声が聞こえたのか―――と。
少年は戸惑いながらも答えた。聞こえました―――と。
明楽の肩を握りしめる手に、力がこもる。
「イバラシティが……この街が狙われている!!!」
それからというもの三友明楽は、
佐野エイジからイバラシティ防衛隊の結成を一方的に告げられ、
作戦会議を練るためにと、イバモールウラドのフードコートへ招集されることがしばしばあった。
自分と同じように突然アフロに声をかけられた人物は他にも多数居たようだが、
榊のメッセージを聞いてから何日経っても平和なまま特に変化することないイバラシティの様子に、
興味を抱きつづける人物は、決して多くはなく。
作戦会議にわざわざ顔を出すのは余程の暇人か、変わり者しか居ないらしかった。
学生の明楽を除いては、フリーターの遠野透子と、
『愚痴聞き屋』の倉原葉子の三人だけが、しばしば話を聞きに来ていた。
明楽も、榊の話を真に受けたアフロ良い人すぎるし面白すぎると、
彼の話を聞くこと自体が目的で、話を聞きに行っていた節があった。
おそらく、他の二人も似たような理由で来ていたと思う。
侵略が本当のことだとは微塵も信じていなかった明楽だが、
危機的状況化の今、自分がハザマで助けを求めるべき相手は、
この相手を除いて他に居るとは思えなかった。
そう―――まさにこの出会いは、運命と言っても過言ではないのだろう。
…………………。
………いや、男相手に運命というのは、
ちょっとなんか気持ち悪いから、やめておこう……と、明楽は思い直した。
出会ったのも単なる偶然……というか、単にアフロが目立つだけだ。
アフロが目についたのも、彼の周囲だけ、なぜか人がまばらだし。
鋭い眼光で周囲をギョロギョロと伺うアフロは、
危機的状況化のはずのイバラシティ民達の中においてすらも………
どう見ても……不審がられ、距離を取られている。本当にありがとうございました。
………だが今、誰かに助けてもらいたいことは事実だ。
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「佐野さん!!!」 |
明楽はアフロめがけて、出せる限り、大きな声で呼びかけた。