次のニュースです。
○○病院にて、妊娠中の女性の死亡事故が発生しました。
死亡したのは××さんで、死亡原因の詳細については病院および警察が調査中です。
|
泣きながらインタビューに応じる目撃者 「……突然、腹部あたりから発火し、 助ける間もなく、あっという間に全身が火に包まれたんです……」 |
三友明楽は、イバラシティにおいてはごく普通の中学生だ。
成績はそこそこ優秀な方だが、飛び抜けて秀でている教科があるわけでもない。
運動神経はあまり良い方ではないが、学校生活で支障が出るほどではない。
家庭環境も普通の一般家庭だ。容姿もそれなりに整っているが歴史を変えるほどの美貌ではない。
先天的に有する彼独自の”異能”は、風変わりなものではあるものの、
多種多様な異能を有する者がイバラシティにおいては、埋もれてしまう程度の個性だ。
そんなごく普通の中学生たる彼だが、人並みならぬ夢を抱いている。
それは、『異能者同士の交配による異能遺伝の法則性を明らかにする』というものだ。
イバラシティにおける異能は大別すると2つに分けられる。
生まれつきに有している先天的異能と、一定の修練を積むことで扱えるようになる後天的異能だ。
イバラシティが大きく発展してきた背景には、習得するものを選ばない後者の活躍が大きい。
さらなる世界発展に向けて意欲的なイバラシティ民においては、
異能に関する研究や調査についても、とりわけ後者について盛んに行われている。
より簡単に、役に立つ異能を習得できるように。より効率的に、人々の暮らしを便利にできるように。
後天的異能に関する研究は日々進化を続けている。
一方で先天的異能については、あまり研究が進んでいないというのが実情だ。
生まれつきでしか得られない異能をどんなに調べたところで、
研究成果は一部の人物しか有効活用できていないことから、汎用性に乏しい。
そんな理由から先天的異能に関する研究は全般的に進んでおらず、未解明の領域が多く残っている。
特に遺伝に関する分野については、遺伝の法則性が存在するのかという次元すら分かっていない。
調べようとした所で、ヒトとヒトの交配実験など倫理的社会的事情からできるはずもない。
先祖にさかのぼって調べる手法もあるが、調査可能な範囲も3世代が限度である上、
世代が上がるほど、過去の人物の異能に関する詳細な情報は失われてしまっている。
データの不足と正確性の問題から、調査に限界があり、
調査する有用性も低いと、人々から見放されてしまっている研究領域であると言わざるを得ない状況だ。
そんな領域を、なぜ一介の中学生に過ぎない三友明楽が、解明したいと夢みているのか。
そのきっかけは、小学生の時に目にした凄惨なニュースだ。
“胎児が有した発火性の先天的異能の発動により、母子共に死亡した事故”。
医療や異能病理学が発展したイバラシティにおいて、なぜこんなことが防げなかったのか。
疑問をいだいた三友明楽は、個人的に図書館に通ったり、
現代っ子らしくインターネットを駆使するなどして独自の調査を行った。
結果、見えてきた原因の一つが、”先天的異能遺伝法則の未解明”によるものだった。
大々的にニュースに取り上げられた理由は、事件が凄惨であったこともさることながら、
類稀なるレアケースであったという点も大きい。
当時のニュースでも原因について触れられていたが、そもそも先天的異能の遺伝に関する研究が乏しく、
生まれつき危険な先天的遺伝を有する子供が生まれる可能性を事前に予測することができないこと。
そして何より、仮に予測できたとしても、それを理由に特定の恋人同士の結婚を認めないことや、
子供を作ることを認めないといいうことになれば、それは人権侵害にあたるのではないかと、
専門家達と呼ばれる人物らがテレビで雁首揃えて言い訳を並べ立てていたのが印象的であった。
事件からしばらくするとマスメディアの関心も薄れ、
やがて人々の記憶からも忘れ去られていった。
遺族と、全く無関係の第三者たる明楽を除いては。
レアケースであれば見捨てるしかないのか?
それで死んでしまった女性や子供、遺族は納得するのか?
自分が、一人残された夫であったらどうしただろうか?
それらをひたすら自問する日々において、
ある日突然、三友明楽は自分自身にしか見えない霊的存在から語りかけられるようになった。
彼が潜在的に有していた、三つの力のうち、二つ。
真実を探求するための力。”トゥルースファクト”と、
善性を追求するための力。”イノセントファクト”の、開花だった。
|
「……で、トゥル助。 これは一体どういう状況なんだ?」 |
眼の前に蠢く、血の色をしたドロドロの何か。
それを前に、季節はまだ冬だというのに、ただただ嫌な汗が流れる。
|
《あきら。狼狽しているのは分かるが、それは私の力で知り得ることじゃない》 |
明楽がトゥル助と呼んだその相手は、明楽のすぐそばにふわりと浮かんでいる。
手のひらに乗せると少しはみだす程度の大きさの、小さな明楽の姿をした、妖精のような何か。
それは白衣を着て、大きな眼鏡をかけ、手には本を持っている。
トゥル助は、三友明楽が先天的に有する異能の、三属性霊のひとりだ。
真・善・美の真を司り、明楽が真理や知性を求めれば求めるほど、
明楽に解析系異能の力を与え、真理への到達を手助けする存在。ゆえにトゥル助。
|
「だろうね……」 |
“能力に期待をしている。” そんなことをのたまった榊とかいうおっさん。
おっさんが、聞きもしないのにべらべらと一方的に説明してきた、侵略のルール。
アンジニティとかいうはじめて聞いた世界のこと。
この荒廃しきったイバラシティのような世界。
部分的に異様な色に染まった空。
|
「……何もかも、滅茶苦茶だ、ひどすぎる。悪い夢なら醒めてくれ」 |
だが残念なことに、非現実的すぎるこの夢は、
夢だと信じてただ起こることに身を委ねるには、あまりにも感覚が生々しく、
眼の前の気持ち悪い奴に感じる恐怖感や生理的嫌悪感は、
自分が覚醒状態にあることを否応がなく実感させるものだった。
|
《あきら!》 |
トゥル助の突然の叫びに驚き身をすくめると、明楽のすぐそばを何かが通り抜けていった。
眼の前の赤色のどろどろが、何かを明楽に向けて飛ばしてきたのだ。
|
「ッッ……洒落に、なんねーぞ!」 |
ただちに後ろへ跳び、赤いドロドロから距離を取る。このまま逃げてしまいたい。
そう考えたが、赤いドロドロはそのナリの割にすばやくこちらへ向かってきている。
全力で逃げ続けたところで逃げ切れるか、
そもそも周りに隠れられる場所があるのか。それらを確認している余裕もなかった。
このままわけも分からず、
この赤い気持ち悪いやつにやられて、ぼくの人生は終わるのか?
そしたらぼくの壮大な夢はどうなる?ぼく以外が叶えられる夢じゃないのに。
それに、イバラシティはどうなるんだ。ぼくのクラスメートは。家族は?
|
「………どうせ夢なら、足掻いてみるか……」 |
明楽は、その辺に転がっている石を拾い上げ、握りしめた。