襲いかかってくる、魔物、と呼んでいいのかすらよくわからない相手を殴り飛ばしてすこしは気分がすっきりした。かといって、急激に状況が変わる事はなく廃墟を進んでいるうちに一時間が経過する。
「……ッ」
突然やってくる記憶と感情の奔流。一時間毎にやってくる“イバラシティ”での、そこにいる自分ではない自分の記憶や感情が一気に流れ込んでくる。
無遠慮に流し込まれるそれに慣れる事はおそらく無いだろう。歩く足を止めて、地面に座り込んで頭を押さえながら忌々しく歯噛みする。
しばらくして記憶の流れが落ち着けば、はあ、と大きく息を吐き出す。
「このシステム、いらねえん、じゃ、ねえか……」
よろよろと立ち上がり、ズボンの砂をはらいながら愚痴めいたつぶやきをこぼす。この、イバラシティの記憶を自分が得る事になんの意味があるのかという疑問に答えてくれる相手はいない。舘和夫、という男は自分とは完全に切り離せる存在ではないのだろうか。
ここ最近の彼は、どうやら今までの自分の行いに疑問を持ち始めたらしい。それもそうだろう。何せ作られ、あてがわれた記憶と記録だ。今まで欠片も疑問を持たなかったのはその直前まで彼が存在していなかった何よりの証拠になる。
当の本人はそんな事実を知らないので、今までの空白を埋めるかの如く自分自身の為の時間、というものを作り始めたらしい。まだ、行き先は少ない。
「……」
口を僅かに開いて、すぐに閉じた。ここで呟いたところで聞こえはしない。
“お前は、何がしたいんだ?”
口の中にとどめた言葉を頭の中で呟いた。舘、という男の中では自らに対するコンプレックスが渦巻いている。異能のある世界の中でも彼の異能(という体なだけで、ゾンビである自分の体の特製なのだが)は奇特に写るらしい。
(……だが、)
彼のこの作られた記憶もおそらくは自分が今の状態をよしと思っていない事が反映されているのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
死んだ人間から生み出された、いびつな人間。それが今、自分の預かり知らぬ所で生きていく事にもがいている。
羨ましいような妬ましいような、複雑な感情に再び大きく息を吐いた。
この身体に対して大きすぎる記憶も感情も毒のようなものだ。蝕まれた先、まるで自分が生きている人間だなんて錯覚しようものなら笑い話にもならない。
じっと自らの手をみる。包帯を巻いてごまかしてはいるが隙間から見えるのは生気の無い土気色の肌。擦れた場所から血が滲み塞がる事はない。いつか、いつかは動きを止める、中途半端な存在。
「……」
頭を左右に振って、思考を振り切ると歩く速度を速めた。
万が一にも考えてはいけない。俺の代わりに生きてくれ、などと、そんなことは。
もう、終わっているのだ。自分も、イバラシティのあの男も。なにも、はじまらない。
そう、なにも。