周辺の地図を『Cross+Rose』で簡単に確認をして、すぐに閉じる。意識を集中させるという事ひとつとっても、今の玲瓏にとってみれば重労働だ。
それに加えて、いつもの記憶の流入もある。これにはだいぶ慣れてきた、というか所詮は自分を元に作られた存在が、似たようなコンプレックスで悩んでいる姿が多いのでそれについてどうこう思うのを、極力やめることにした。
これについては思考を放棄すればいいだけなので簡単にできる。もとより、考えようとしなければ考えられないのだから。
「……」
ばくり。白米にかじりついて噛み締める。噛めば噛むほど甘味が出るとかそんな事はわからないが、いつもより余計に動ける世界では普段ほとんど必要無く、取りすぎてしまえば逆に体に負荷がかかる食事も必要な事にかわるらしい。味は、ほんのうっすら感じる程度だ。
不思議な食材と名付けられているそれは本当によくわからないものだったが、さらにわからないのはそれがいじくりまわすとおにぎりになることだ。
とはいえ、どのみち歩き通しであれば歩きながら食べられるこの選択は間違いではなかったと思うのだが。もう一度かじりつきながら、ふと違和感を覚えて足を止めた。
「……おい」
自分の隣を歩いていた巨体が気付けば自分の後ろにいた。3メートルまでいかないものの2メートルはゆうに超えている、隣に並べば自分がまるで子供になったかと思うほどに見上げる相手が歩速で玲瓏より劣る事は無いだろうし実際玲瓏は彼に置いていかれないように気をつけてはいた。
その巨躯は振り返って声をかけると顔をあげてこちらを見てくる。いつものニヤケ顔……もとい、笑みをたたえた表情に、どことなく興味の色が混じっているような気がした。
「玲瓏、これはなんだ」
「なんだって……おにぎり、だよ」
巨躯――4(よん)とかⅣ(フォー)とか、玲瓏からしてみればそれは単なる識別番号なのでは、と思わなくもないがそう名乗ってきたので4と読んでいる――は、ものの数歩で玲瓏との間を詰めてきては手にしたもの玲瓏の眼前に差し出してきた。
自分のよりは大きめに作ったつもりだが、その大きな手に収まってしまえば全くそんな事はなかったらしいおにぎりは、米を三角に握って持ち手になるように海苔をシンプルに巻いたものだ。
が、どうやらこの4という存在(そもそも人間でないようにも見えるし、男に見えているが男なのかも定かではない)は、それを知らないらしい。世界や国が違えば当たり前なのでそれに驚きはしないので説明をしようか、と口を開きかけてふと気付いた。死んでいる自分にしてはとても冴えていたと思う。
「……イバラの方で、見たこと、ねえのか?」
「おにぎり、という呼称をしていた記憶は確かにあったが、我の記憶ではこのような形ではなかったな」
「……なるほど、な。確かに、色々形はあるけど、コメが握られてて、ノリが巻いてりゃ全部おにぎりだ」
言ってから、それだと巻き寿司もおにぎりに含まれてしまいそうな気がしたがそんな事はどうでもよかった。
4は玲瓏の言葉に納得がいったようで、なるほど、と呟きつつもう一度おにぎりをまじまじと見てから、手の中に収まっていたそれを一気に口の中に放り込んた。
一応咀嚼しているらしく、口の中がもごもごと動いているのが見える。しかし、その動きがぴくりと一瞬止まった……かと思えば再び何事もなかったように動き出し、しばらくして飲み込んだらしく、喉が大きくうねった。
「……不思議な味だ。中に酸味の刺激があるものがはいっていたが、コメ、とやらの味と混ざるとちょうどいい風味となる。この、ノリというのは海藻か? これもよい。」
「……、……」
飲み込んだ4がすらすらとおにぎりの感想を並べていく。この相手が今までどんな食事を取ってきたかは知らないが、アンジニティで何度か見たときはそのへんの草とか花も食べていたような気がしたので、味に頓着がないと思っていた玲瓏にとっては意外すぎた返答に言葉も出せずにぽかん、としてしまった。
すると、それに気付いた4が瞳を細めて玲瓏を眺める。
「ふむ、玲瓏は面白い顔もできるのだな」
「……、うるせえ、もう食ったなら、いくぞ」
明らかにからかってきた言葉を聞いて我に返った玲瓏はわざとらしく大きな舌打ちをすると、踵を返して歩き始めた。
背中から楽しげにくくく、と笑う声が聞こえて若干イラっときたがいちいち言い返したところであの巨躯は楽しそうにするだけなので何も言わずに歩をすすめる。しばらくして、隣についてくる気配を感じたのでそれでよかったのだろう。
ただ、自分の料理(という程でもないが)が褒められた事に対しては悪い気はしない。そうなると現金なのは生きてても死んでても変わらないらしく、このとりあえず共に行動しているだけという同行者に多少の興味がわいてしまった。
アンジニティでも別段深い交流があったワケでもなく、今だって成り行きではあるのだがそれでももう少し相手を知ってもいいのかも、しれない。
ただ、そんな気持ちもふと視線があった瞬間に浮かべられた笑みで、とりあえず今すぐそれを聞くのはやめようとなってしまうのだった。