四つの人影が連なって、それぞれの歩調で、まとまりなく歩んでいく。
ハザマでの一時間目。変わり果てた街の様子からは分かりづらいが、イバラシティにおいての区画としては、チナミ区になるのだろうか。あまり土地勘があるわけではないが、無いわけでもない。
実家を飛び出して、どこでもいいから住める場所に転居しようと決意したとき、ウシ区やヒノデ区の賃貸物件と併せて、よく内見に行ったものだ。
そういえば、今のアルバイト先の同僚の何人かも、チナミ区から自転車通いをしていたような気がする。
そこまで考え事をして、”ヘイゼル”は無言で首を振る。これは”なつ子”の記憶だ。
他人の人生がそのまま頭に流入していくる状況というものは、どうやら想定以上に気持ち悪い。
頭を抱えたくなる状況は、目の前にも広がっている。
ヘイゼルはこの一時間で、大変遺憾ながら三人の同行者に”恵まれる”ことになった。
赤目の女、ニアク・セイン=アーデ。
両手に手枷を付けているが、利点のある道具だとは思えない。
十中八九、装備品ではないはずだし、ファッションなら奇人変人だ。
彼女はアンジニティの出だと話していた。
拘束された状態で流刑に処され、アンジニティで鎖だけ外したと考えるのが妥当線か。
罪状は知らないが、同行者の中では、最も話と価値観が通じそうな印象だ。あくまでも。現時点では。
褐色肌の筋肉質な男、モドラヘレク・ダンヘンリー。彼もニアクと同様、アンジニティの者だという。
ニアクが外見的に典型的な罪人であるならば、モドラヘレクは精神的に、典型的なアンジニティの罪人と言えるだろう。
明るく、それでいて軽薄そうな話し方をする。
意外にも戦闘の腕は立つようだが、この流刑地においてはむしろベーシックな存在だ。
どこかで凶悪な罪を犯し、それでいてこの不毛の地で生き続けられる者は、大抵、実力とタフな精神力、――あるいは愚かさの両方を持っているものだ。
三人目は、最もイレギュラーな存在。黒髪を後ろで結わえた少女、鹿瀬 満月。
イバラシティの学生のような出で立ちをしているが、ニアクやモドラヘレクを見ても、怯む様子が一切ない。
これで、”イバラシティの普通の学生”だとしたら、かなり異常だ。
ヘイゼルにとって、彼女はあらゆる意味でやりづらそうな存在だった。
まず、その無垢でおしゃべりで、積極的に人と関わろうとする性格だ。単純に相性が悪い。
独りで静かに暮らしていたいヘイゼルにとって、最も嫌いで、最も関わりたくない性質の相手だ。
それに、仮にイバラシティではなくアンジニティの者であるならば、このいかにも善人で、一般人ですというな成りで、何かしらの大罪を犯した者ということになる。
そういうタイプは、罪人らしい罪人よりも読みがきかない分、正直なところ、おっかない。
いつでも首を掻く心づもりをしておくべきだろう。
とはいえ、彼女たちとの同行を拒否しなかったのもヘイゼル自身だ。
現状の損得だけで考えれば、どうあがいても同行者が多いことによるメリットの方が多い。
大きな面倒を切る為に、多少の小さな面倒を取る器用さ程度は、ヘイゼルだって持ち合わせているつもりだった。
アンジニティの侵略に加担せず、さりとてイバラシティの住人でもない我々は、そのどちらからも攻撃目標にされる可能性が高い。
どちらが敵だとして、この限られた時間内で、あえて多人数を相手取りたい馬鹿もそうはいまい。
それに、満月が一般人とそう変わらない容姿、性格をしていたことは、一種のメリットでもある。
相手がイバラシティの者であれば、人質として取引材料にすることも可能かもしれない。
満月がアンジニティの出なら、厄介払いにもなる。得ばかりだ。
残り三十五時間、この乱痴気騒ぎの行く末はまだ、誰も知らない。
この世に生まれてからは、十九年。
時間に直せば、十六万と六千四百四十時間。
比較すれば、随分と短い期間だ。その期間を、この妙な連中と乗りきれば、ひとまず大乱には巻き込まれずに済む。
とはいえ。
(ほんの一時だろうと、やはり癪だな)
長い耳のついた頭をぶんぶんと振って、ヘイゼルは前を向き直した。