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ねむ 「・・・・・。」 |
永草神社の社務所内にあるコタツの中で目を覚ました少女
本来の予定であれば、世界の入れ替わる瞬間をここで体験するはずだったのだ
しかし、小さな違和感だけを残し、"一度目"の変化はすぐに終わってしまった
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ねむ 「…思ってたのと、違う。」 |
不機嫌そうにぽつりと呟くと、向かいに座っていた少女が小さく鳴いて
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千雪 「もう少し、様子、見てみよう?」 |
と答えた。
再び横になったねむは狐耳をぴくりと動かすことで返事をし、またすぐに眠りの中へと帰ってゆく
…
……
………
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「――最近、姉が恋をしているようだ」 |
近しい子達ならば誰もが気付いているだろう
あの千雪があそこまでくっついて行く相手というのは珍しい
それもまさか、同性相手とは、と周囲からは思われているのだろうか
性別の問題なんて"わたし達"にとっては無関係…いや、やめよう。
自分が人間でなくなってしまったということを考えると、胸の奥が痛くなるのだ
それよりも問題なのは、千雪が恋をしたという事実
千雪は大好きなあの子を探しにこの世界へ来た。それなのに別の子に恋?
そんなことは、千雪の性格上絶対にありえないと断言できる
千雪が千雪である限り、一度好きになった相手に向かってどこまでも真っ直ぐに突き進んでゆくはずだ
何かがおかしい。
そしてもう一つ、心の片隅に芽生えたぼんやりとした思い
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とーか 「…わたしも、恋、したいな?」 |
深夜に零れた独り言は、隣で寝ている狐の耳に届くことも無く、ベッドの中へと消えていった
…
……
………
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ちゆき 「~♪」 |
最近、毎日が楽しい。
自分の中に芽生えた感情を、本物の自分に後押しされ、本当にそれでいいのだろうかという疑念を取り払ってからは、見える景色すらも変わったように感じられる
ホンモノはホンモノの、ニセモノはニセモノの、それぞれの恋をすればいい。同じ記憶を持っていても、わたしはわたしなんだ。
抑えていた物が無くなり、自分らしく、"好き"に向かって突き進めている。
もちろん、不安な事だっていくつもある
ホンモノの千雪の恋の事。
探し人は未だ見つかっていない。近くには居る…気がする、のに。
はやく"千雪"に会わせてあげたい
雫おねーちゃんの事。
あの場では聞けなかった、何か重い悩み事があるのだろう。はやく、聞けるといいな。
わたしの正体の事。
ずっと一緒に居られるのだとしたら、いつか、何かの拍子にばれてしまうかもしれない。
そもそも、寿命の点で確実に気付かれるだろう。それなら先に自分から明かしてしまいたい。
もし人間じゃなくても、千雪さんは千雪さんですよ と言ってくれた事を思い出し、自然と笑顔になれる
不安ではあるけれど、これに関してはきっと大丈夫だ。
とーかの事。
さすがに、そろそろ、気付いてしまうと思う。
あんなにも人間で在りたいと願い続けて居る子が、あの子達の言う、バケモノになって
更にはそのコピーとして造り出されて異世界へと飛ばされたのだ
いくら生前は心の強かった巫女だといっても、耐えられるのだろうか
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ちゆき 「・・・・。」 |
考えれば考えるほど、良い事や難しい事がたくさん浮かび上がってくる
"ちゆき"としてここで生きていく中で少しずつ解決していこう
………
……
…
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とーか 「・・・。」 |
薄暗い世界の隙間で、わたしは全てを思い出していた。
―あの神、ヒトを勝手にコピーしやがったな?
嫌がることを理解ってて、強引に意識を失わせてまで
帰ったら絶対にお説教してやる。巫女としてじゃなく、家族として。
自分で思ったよりも心は落ち着いている
申し訳なさそうな顔でこちらを見つめてくる千雪が原因の一つでもある、が
この状況に順応してしまっている心も、すでにヒトではないモノへと変わってしまったのだろうか
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とーか 「(――まぁ、 なっちゃったもんは、しょーがないよね)」 |
心の中で呟きながらも、手が少しだけ震えた
今はこの気持ちをぶつけられる相手が居ない
……いや、居た。
溶けて混ざり合った血肉に顔の付いたような生き物(?)
この顔を見ていると、今のお前はこの化物と同じ存在だと言われているかのような気持ちになってしまう
言いがかりだというのは十分にわかっているが。
明確な敵意を感じるのもあり、発散相手にするには丁度良いだろう
この身に宿った、あまり好きになれない、御神木と狐の力にも、今ばかりは感謝しようと思う
目の前に居るこれを好きなだけ殴って気晴らしができそうだ
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「(―そう、都合のいい時だけ与えられたものを良く解釈する 人間ってそういうものだよね? よかった。わたしはまだ人間なんだ)」 |
………
……
…
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ちゆき 「・・・。」 |
突然やる気を出した藤花を勢いで応援した千雪。
いつも通りの明るい調子で、楽しそうに、飛び跳ねながら軽い掛け声とともに赤い塊を殴りつけている藤花を見つめている
藤花が狐草の力をこんな風に使っている姿は見たことが無かった。
自分のせいでこんなことに巻き込んでしまったという後悔が頭を回り、どう声を掛ければいいのかとただ見つめている間に戦闘は終わっていた
何か、声を掛けなきゃ。
そう思い、口を開こうとしたところへ
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とーか 「…千雪、あれ食べる?」 |
と、神妙な顔をしながら赤黒い残骸を指して聞かれ
思わず
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ちゆき 「に゛っ…」 |
変な声を漏らす
確かにわたし達は、他の生物を取り込んで模倣する生き物だ。
…でも、さすがにあれは無い。
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とーか 「だいじょぶだいじょぶ。 今考えたって仕方ないからね。 …ま、ここでの戦闘はわたしに任せてよ。気晴らし、って事でさ?」 |
千雪をからかい、楽しそうに笑いながらも普段通りに話しかけてくる
変に刺激しないようにと、千雪はそれを承諾したのだった
………
……
…
ハザマでの初戦を終え、とりあえず方々へ連絡を入れる二人
ふと、聞き慣れた声に千雪の尻尾が揺れた。
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とーか 「…ぁー。行ってきな? みんなにはわたしからてきとーになんか言っとくからさ♪」 |
千雪が何かを言う前に、藤花がそう提案し
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ちゆき 「―んに、ありがとう。 行ってくるね。」 |
他の考えを挟む余地もなく、反射的にそう答え、大きな獣に変化した千雪は指定された場所へ向かい飛び去って行った。
…
……
………
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「...zzZ」 |
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参拝客が来る。
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たくさんの人と話す。
居眠りをする。
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木片が旅立ってゆく。
想いが溜まる。
もふもふする。
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人と話す。
世界を観る。
もふもふする。
もふもふ。
居眠りをする。
もふ。
夢を見る。
何かが溜まってゆく…