赤黒い半液状の生物。―――だったもの、が、周辺に散らばっている。
起きているのに、目が覚めた。これまでとは異なる記憶が、脳へと結びつけられる。
こちらには来ていない、あっちの世界の、紺出樹也羽。
「剣野……」
異能者溢れるこの世界においての魔法使い――正確には陰陽師らしい――という、分かりやすいイレギュラー。
現れたその人物の名を呼び、砂埃を払い落とす。
突然非日常に引っ張り出され、そして、そうはならなかった日常を過ごす自分がいる。頭を抱えて目を剥き発狂しても可笑しくはない事態だと言うのに、こうして今現在、身に取り巻いている状況をなんとか呑み込もうとしているのだから、人間と言うのは思ったより丈夫だ。それとも、これで壊れてしまうとゲームに支障が出るから、と思考容量に数値調整でもされているのだろうか。
PL(プレイヤー)ではなく、PC(プレイヤーキャラクター)。
だとすれば、そんな扱いである。
「突然、こんなワケわかんねー事態になってるが……平気か?
ついていけそうにねーなら、どっか安全な場所で隠れてるって手もある」
剣野が言う。その四白眼が狂気に取り込まれた様子はない。
「まぁ、大丈夫」
同じような現象に見舞われているのならば、少なからず平等に。精神に負荷がかかっているはずだ。剣野は、そして祝は、今まさにその矛盾に耐えているのだろうか。
それとも、個々別々それぞれのタイミングで、訪れるものなのだろうか。
何故この記憶を植え付ける必要があり、そしてそれを植え付けられた人間が他に存在しているのかどうかも。
とにかく意見が欲しい―――――ただ、口には出せない。
剣野からこの言葉が出た以上、仮に錯乱を疑われたら、避難を押し通される可能性がある。
祝は勇敢だ。間違いなく剣野と共に進行することを選ぶだろう。
そうなってしまえば、どこかに進行を諦めた人間を匿う勢力が築かれていることを祈りながら、あの怪物がうろついているこの辺りを、再び独り彷徨うことになる。
「―――でも、あたしだけ置いてけぼりってのは冗談でしょ。こういうのって、孤立したやつから死んでくんだから。とにかく、あんたが合流してくれて良かった。そうじゃなきゃ、あたしと犬ではふりちゃんを護んなきゃいけなかったし」
護り切れるかもしれない。
この大型犬の戦力は、一度目の当たりにした。
しかしこの際そんなことは関係ない。今最も恐れるべきことは、まともな事態の把握すら出来ないうちに、幸運にも向こうからこの場に現れた、知人の中でも最高戦力と言えるこの人物を手放すことだ。
安全に、そうはいかずとも。生きて。この事態を切り抜けるために、欠かせない存在。
……そしてそれをより円滑にするために。
あわよくばもう一人、探しておかなければならない人物がいる。
「あと―――――そうだ、剣野」