⇒ 【#2 Rejection】
拒絶。否定。――例えば、あの世界。この世界。些細なこと。
否定の間は実在を示そう。では、否定の先の―― 我々は、証明されるのだろうか?
Re:狭間世界――……
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バンリ 「――ああ、神よ。是は―― 実在か。…此の狭間が。 【否定】が、迫る幻―― 夢などでは、なかったのか。」 |
狂騒、或いは狂乱。いつか、何処かで【榊】と名乗った者の言葉――侵略なるもの。
否定の世界《アンジニティ》からの侵攻。それは白昼夢だと、思うままであったのだが。
景色は、普段過ごす街と相違ない――とは言えず。何故、こうも荒れ果てているのだろう。
暫し散策を試みて―― 自身の、掘立小屋一歩手前の自宅に立ち寄ったが。どうも、狭間でのそれは倒壊してしまっているらしい。それもそうか、と漠然とした感覚だけを持つ。しかし、これは二度目だ。一度目は――それすらも、白昼夢だと信じ込んで、委ねていたが。夢ではない。そう、今結論付けたからには――それは夢ではなくなった。夢だと信じ込んだままであれば、きっと是は夢のまま。夢現のまま過ぎ去った事なのに。知覚とは、認識とは、そういう事だ。独り言ちるものが寂寞とした大地に墜ちる。考えが確かであれば、この場所での記憶は――現実《イバラシティ》には持ち越せない筈。そうだ、だから些細な機敏でさえも。憶えている筈もない、識る筈もない。是では、まさしく夢現ではないか。だが――現実だ。是も、現実だ。そうだと、認識したばかりだった。踏み落とす靴底が、砂埃を舞わせ、消え果てる跡を造ってゆく。そう言えば、一度目も――……こうして彷徨っていた、そして。 ――逢ったものが、居たのだったか。
それにしたって、荒れ果てている。見渡す限り、侵略を成された後の未来図である―― とも、解釈出来る有様だ。
なんと侘しい世界か。ざく、ざく、と―― 響く。響く、足音。バンリは、思考する。背を丸めて、歩き続けている。
最も、不気味なのは。否定の世界でも、狭間でもなく。静寂を護る、思考。そう思う事さえも、達観めいて。認めて尚、それを含めた現実味の無さにバンリは落胆する。理解には、もう暫し要するだろう。それが、巡らせての結論。ならば、一度目と同じ事をするし――そこを目指すまで。タクシーとやらが、出ている筈だ。以前と相違なければ、だが。
砂埃が舞う。――否定と響奏が交錯する先の実在は、狂騒だ。疾うに、観えているではないか―― 大地の先に。
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バンリ 「では。幾許か、その【否定】が如何なるものかを―― 確かめてみよう。 神の課す因果ならば、それでも自分は一向に構わないが―― そうだな、…」 |
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バンリ 「己(おれ)には『やること』が有る―― それを邪魔立てするならば、 【否定】されるべきは貴方たちだ。あの街に居なくては、叶えられないのでね…」 |
見開く眼(まなこ)の先に異形、ナレハテのかたち。洞めいた瞳が披かれる時は、決まって昂る時。大それた力もなく、是と言った因果も運命も。血統もない、無能なる異能を有するだけの人間。意思だけが、人一倍。どうしようもない人間が、歩いている。強いて、矛先を向ける理由はたったそれだけで十分だった。やりたい事がある、明日が欲しい。それだけの意味を持って、内在する物に関わらず、些細な理由がバンリなる男を突き動かす。そんな決意じみた意思も言葉も、現実には一切憶えられない物だと云うのは――成程、馬鹿げている。だが、幸い柵(しがらみ)を持たない――と、今は認識している――立場だ。気楽で良い。一度目通り、彷徨い、目指す先に向かって――コイントス、表裏。傷だらけの指先から弾き出された硬貨――狭間におけるSP通貨が示したならば、墜ちた掌の中でオモテを見せる。恐らく、どちらの結果が出てもさして変わらない感想を抱く結果に終わったろうが―― ただ、笑う。笑って、いた。笑う理由など、昔から分からない男だ。今でさえも。だから、ただ笑っている。荒廃とした道を進んで、砂埃がいつか姿を隠すばかり。
――暫し、狭間で。 影と色彩、そして焔。 寄せ集めを浮かべ、尾のよう揺れる髪を棚引かせて、去ってゆく。
>>イバラシティ――……
囀り。窓辺の小鳥が、男の寝返りに飛び立つ。夢は、見なかった。夢は、見ない身体だ。手の甲が無造作に壁にぶつけられ、鈍い痛みから漸く目が覚める。バンリの朝は――遅い。覚めたからといって身体を起こすでもなく、皺に寄ったシーツの上で転がり続ける。何の事もない、ごく普通の朝。身体の節々の痛みに、昨晩の行いを想起するも――矢張り、その人間にとって気に留めるまでもない。この調子のまま、身を起こすまでに数十分を要するのだから、無様な物だ。
その先で重々しい溜息が零れ落ちると、ようやっと起き上がる。現在時刻は―― それで確認する物はスマホだ。最近は、端末ひとつあれば大抵の事は済む。神―― 異能の満ちる街であっても、その利便性は失われない。文明の利器は偉大だ。それに頼り切っている節も否めないが。…例えば、時計も無ければテレビも無い。事足りてしまうから。精々、ノートパソコンを置いているぐらい。それを差し引いても、そもそもバンリ自体が自堕落とも言えよう。お世辞にも、きちりとした性格でないからそうなるのは必然としても。起こす視線の先に、昨晩放り投げたペットボトルが映って――また、面倒な事を。などと、昨晩の自身に身にならない憤りを持つ。そうした無益な行為も程々、端末の電源を立ち上げて――十時前後。とても、朝と言うには苦しい時間。呆れた。馬鹿げた感想を抱きながら、再び落とす……と言うのが、いつもの流れ。ただ、今日は―― メールが目についた。当然IBALINEの中身も確かめておくべきだが――それより。
今時、メールも珍しい。一昔前、でもないが。連絡先は限られている筈で、それこそ個人間と言えばサークルメンバー。それ以外に、特段何も。つまり、まともな人付き合いをしていないという証左に他ならないが――ならば、迷惑メールか?思うに難くないが、大抵の迷惑メールはそちら専用のフォルダに振り分けられるし、通知も来ない。なら、これは―― 開くまで、何も考えずにそうした。ウイルスだとか、そういう物を考えられる筈だが。雑多な異能の集まる街に、機器に干渉するそれも少なくなかろうに。考え無しに開いてしまったのは、寝起きに鈍る頭か。そもそも、実際に何も考えていないか。 ――ところが。そこで、開かれたメールの中身は…… 【からっぽ】だった、のだが。
【 】 ――文字通り、何もない。文字、そのものからして見当たらない。
誘導URLも無ければ、添付されている画像も無い。唯々、空のメール。差出人も判然とせず、悪戯めいた――ともすれば不気味な。自然と寄った眉根が、不可解さに首を傾げて。害を及ぼしているでもなく、不快になるでもなく、そこにあるだけの空メール。後の彼自身が考えるならば、何故こんなものに注意を向けてしまったのか――そう言うやもしれないが。何なのだこれは、と言いたげな面持ちで一杯の面は、それを見ている。……途中で、馬鹿らしくなったのだが。時間を無駄にした――そもそも起床の時点で、と言うそれはさておき――事に、ほとほと呆れ果てながら。これは、意味の無い物だ。後で削除してしまおう。片隅で考え付くまま、ひとまずメールの画面を落とそうとホームボタンを押し込む。かち。かち。
かち。かち。―― かち、 ――反応しない。故障だろうか。そう言えば 古めの型だった。 かち、かち。――。
……痺れを切らして、電源を触る。幾度、押し込んでは。……――微動だとしない、端末。からっぽのメール。
しまった―― 質の悪いウイルスか、これは。そうと至るまでは遅くなく、乱暴に押すまま密かに悪態をつく。
初期化か、触らず業者に任せるか…… 何れにせよ、これでは使えまい。仕方がない、代替としてパソコンを。寝台の上から、立ち上がろうとした――途端。浮かぶ。浮かぶ。リアクションを示さなかった筈の端末に、からっぽのメールに――文字通り、浮かんでいる。羅列。夢遊のよう、実際の自分は現実に酷似した夢を観ているのではないか――?と疑問に思う間もなく、複数の数字が浮かんでは消え、消えては浮かんで。空のメールに、打ち込まれる残像。質の悪い異能を、今まさに喰らっている気分だ。強いて言うなら、目が離せなかった。片掌に、端末を握り締めたまま――目を乾かせながら、網膜に焼き付けるよう眺めている。仮に、第三者がこの時のバンリを目撃したならば、それこそ―― 不可解なメールを介して、異能に当てられているのではないか。と、言うだろうし。或いは、異様な目つきをしていた。とも。
―― 気付けば、端末の電源が落ちていた。何が、起こった?ひたすら、判然としない意識を抱えた男が寝台から滑り落ちて、尻餅をついている。かち、かち。二度、押す。しかし、電源が入らない。事象の逆転。どうなっているのだ―― まさしく、夢現。無沙汰の片手が、悩むよう眉間を摘まむ。昨晩ちょっかいを掛けた男に、頭を数発殴られて可笑しくでもなったのか。だとすれば、亦しても些細な因果を受けているに過ぎない。然し、眉間を摘まんだ所で――ぴり、と走る痛み。摘まむ場所ではない、もっと言えば――脳内。脳裏で、刺すような知覚。頭痛ではない。後頭部のなかみをノックされる感覚……ゆんゆんと揺らされて、催す吐き気は――…… ああ、どうやら手遅れだ。空のゴミ箱に這い寄っては、胃の中身を取り落とす。聞けた物ではない声を撒き散らしながら、水分と胃酸だけで満たされたものを、落とす。喉の焼かれる感覚で尚、脳裏に過る違和感は容赦なく。――何故、あんな物に注意を向けてしまったのか。夢であれ現実であれ、間違いなくバンリは己を怨む羽目となろう。
胃の中身が、搾られるほど――鮮明になる違和感。それは次第に、フラッシュバックのよう。焼け付く光景、降下する数字。叩き込まれた文字列。ひとつ浮かぶ毎、胃が締め付けられる思いに駆られて。潰れる声音を挙げ、無様に――
1100010101101010000110000100111011000010011010100111101001011000100110101111100101
1110000111010001001110010110…… 二進の羅列は、胃を逆(さか)にする脳裏へ容赦なく連ねられてゆく。
ゼロイチ。コンピューターの世界。或いは、人間そのものこそを精密機械に例える表現。何の意味と因果が込められた物か、理解するには時間を要する事は、今のバンリの身を省みれば明白だった。一頻り、饐えた臭気を引っくり返して寝台の縁を掴む。とても支えきれない身は、ずるりと墜ちて床に伏せた。たった今起きた体験に、心身が着いて来ない。散々、人にちっぽけな異能を喰わせて来たが――自身の身で、それらを喰らった場合は…成程。これが、屈辱と言う感情か。間の記憶は、朦朧と。間の羅列は、実在。咳く口許を抑えながら、未だ催す胃の痛苦に悶え―― 自身の意識が、落ちるのではないのだろうか? 遅れてやって来た危機感に苛まれながら、時には是を上回る体験も、暴力も、疾うに過ぎているのだ。気をやるでもない―― そう囁く自身も、バンリの中にはいる。今そこで悶えるバンリとて、思う。母親の虐待【罰】に比べれば、何だ。異能(らしき)による屈辱が、大袈裟に見せているだけではないか。
ひとつ、想う事があれば――実家には、どうしても開かない金庫があった。気のふれた母親は、決してそれに近付かせなかった。金庫、と言えば――出来過ぎている。考える価値は、今途絶え――痛苦の意識も、手放してしまおうか。
――……プツリ。 と。