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ねむ 「…。」 |
とある日の夕刻、呼び出されて来てみるといつもと変わらないねむの姿があった
先に話をしていたらしい千雪が振り返り、目が合う
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藤花 「よっ。急にどしたのさ、お夕飯の相談?」 |
適当に茶化しながら並んで座る
千雪の表情を見るに、真剣な話題であるという事は察せられたのだけれど、こういう空気はどうにも苦手だ
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千雪 「んに。"あの子"の匂いをね、見つけたの。」 |
―少し前に亡くなった、千雪の想い人の魂の事だろう
降霊を試みたが、靄が掛かったように見つからず、方々に手を尽くして捜索を続けていた努力がようやく実を結んだのは喜ばしい事だ
それなのに千雪のこの様子、そしてわたしが呼ばれた理由は
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千雪 「見つけたけど、微かで、引き上げもできなくて…」 |
もう一人の巫女であるわたしに用事ということは、そうだろうと思ってはいた
…が、悔しいけど千雪の力で無理な物をわたしができる気がしない
その考えを見透かしたように
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ねむ 「とーかは、一緒に現地に行ってあげて」 |
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ねむ 「ついでに、調べてきて欲しい力があるの。」 |
そう来たかぁ、と思う
確かにそういう目的ならば巫女が適任だろう
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藤花 「はいはい、頑張りますよっ。藤花さんに任せなさーいっ♪」 |
軽い気持ちだった。おつかいや子守のような、そういう感覚
隣から向けられるどこか申し訳なさげな視線だけが気になったが
千雪が何かを言いかける前に
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ねむ 「それじゃ、ちょっと尻尾出して」 |
ぅ…。と言葉に詰まる
わたし自身、もうヒトの身でないことはわかっているつもりだ
それでもやっぱり抵抗があった。
いくらもふもふで可愛いからと言っても、だ。
やると言ってしまったのもあり渋々ながらに、傍の二人とお揃いの、立派な狐尻尾を九本生やしてみせた
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藤花 「…ほら、これで」 |
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藤花 「ぃっ――!?」 |
尻尾を出した途端ねむが突然その内の一本を掴み、
ブヂィッと引っこ抜いた
どうせすぐ生える、痛みも少ない、とはいえ、だ
付け根を撫でながら非難の声を上げようとしたが、視界が歪み
その場に崩れ落ちそうになった藤花を慌てて支える千雪
わけのわからぬまま薄れていく意識の中で最後に覚えているのは、申し訳なさそうな顔をした千雪が、聞き覚えのある詠唱をしている光景だった
…
……
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ちゆき 「ぅに…とーか、起きて」 |
とてもよく見慣れた、でも覚えの無い景色
"姉"の声を適当に聞き流しながら頭の中を整理する
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(―ここはイバラシティ。
千 雪 の 人 探 し と 、 ね む の 頼 み で 来 る こ と に な っ た 異 世 界 だ 巫女としての修行をするため、実家から出て千雪と二人で過ごすことになった街だ) |
………
…………
とある日の早朝、日課の神社掃除をしながらぼんやりと境内にある御神木を眺める
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ちゆき 「にぃ……。」 |
一本しか生えていない尻尾を不安げに揺らしながら独り言のように一鳴き
鳴き声と共に小さく漏れた白い吐息が消えていくのを見て、心の内に沸いた不安や悩みもこんな風に消えてしまえばいいのにと思う
ねむがこちらに姿を見せて暫く経ってから聞いたが、記憶が一部消えて別の物が上書きされている理由は不明とのこと、あの鏡で見た九本の尻尾を持つわたしが本物のわたしだということ。自分達がコピーであるという事には藤花が気付いていなさそうなのが救いだ
この街に来て、匂いの元を辿り、一緒に暮らし始めたところまでは良かった
が、この距離に居てもこの子が"生まれ変わり"なのかすらもよくわからないまま
勘違いだったのではと思い始めていた頃、姿を見せたのはあの子の息子
間違っていなかったという確証を持てた半面で、違和感もあった
偽名を使っている事や、対面した際の態度
咄嗟に"この世界での記憶"だけを基に接してしまい今もそのままの関係を続けている
そしてなにより、一番の悩みとなっているのが自分と同じ白い耳と尾を持つ"先輩"の存在であった
千 雪 ちゆき
"分霊の儀"で生まれた、自分ではない自分だが、それでも自分の持っているあの子に対しての感情と同じ物を、他の誰かに対して持ってしまうということはあり得ないと考えていたのだ
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ちゆき 「でも、やっぱり、すき、なんだよね」 |
箒を持ったまま御神木に向かい、気持ちを確認するようにそっと呟く
本物に肯定されてから益々強くなってきたこの感情は、明るいものばかりでは無くて
それでいて、"わたしの事だから、きっとこうなったら止まれないんだろうな"という考えが頭の隅から離れない
もっともっとたくさん一緒に居たいという気持ちばかりがぐるぐると流れてゆく
…
……
………
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思っていたより居心地の良い世界を、少女はゆっくりと楽しんでいた。 |