「魔王様……不甲斐なき我等をお許しくだ……」

どう、と魔王の間を守っていた、最後の一匹が地に倒れる。
目前には巨大な扉。
魔王城は、神殿の様な――と言うよりむしろ、神殿そのものだった。
だから魔王の間――礼拝堂らしいが――に続く最後の門も宗教色が強く、私達には解らないが彼等の神を賛美する言葉や絵が彫られていた。
神に平伏す魔王と、魔物達の絵。
此処に辿り着くまでに何度も見たものだが、この奥に描かれたものがいると分かっていても、今ひとつ現実感は無い。



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やっとの事で見つけた宝玉を届けると、すぐさまその場で儀式が始まった。
…私達も今回の功労者と言う事で儀式の見学を許可され（別にされなくても良かったが、ヴィルムは喜んでいたので黙っておいた）また、宝玉とはいったい何なのか説明を受けた。

宝玉とは神との交信に使う道具だった。
魔王討伐の筆頭。伝説に謳われた『勇者』を選別するために、神託を求めた。

――結論から言えば。神とやらはディラックを勇者と認め、彼に聖剣を授けた。
王達は戸惑うかと思っていたが、意外と動揺は見せなかった。
今までの苦難を越えたのも、四天王の撃破も神の加護あってこそ――という考えだったらしい。

ディラックの父王はその場を代表し、実の息子に「魔王討伐」を命じる。
当然彼はこれを断るはずもなく、表面上は平静な振りをしながら律儀に頷く。
……もちろん私達の意思確認などされなかったが、されたとしても頷いていただろう。

これは、チャンスだと私は考えた。
ディラックが英雄となれば、おざなりにはできないし――
何より実の息子が英雄になったのであれば、強欲なあの王も、表面上は優しくするかもしれない。

グリフも考えは同じだった様で、また、ヴィルムもそれが神託ならばと従うつもりのようだった。
…それ以上に、ディラックが勇者だという事が嬉しかったらしく、神託の後は一晩中はしゃいでいたが。
「ディラックは勇者に相応しい人物だと思ってました」とか何とか。
旅の間に何度も聞いたフレーズだから、こちらとしてはわざわざ主張しなくても良かったのだが。

当のディラックは、不思議そうな顔で聖剣を見ていた。
ただ、私が勇者様と、フザけて呼ぶと嬉しそうな顔をした。
勇者と呼ばれるのは彼の性格を考えると嫌がるだろうなと思っていたので、驚いていると
「君に言われるのなら満更でもないな」と言ってのけた。
いつからあんなキザな台詞を吐くようになったんだ、あいつ。

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互いを見合わせ、意思が一つなのを互いに確認する。
ディラックが代表して「行こう」と告げ、聖剣を片手に扉を開ける。
重い音を立てて扉はゆっくりと開く。

――扉の奥は、厳かな礼拝堂だった。
部屋は幾つもの蝋燭の灯りで照らされているが、不思議と明るい。
質素な、しかし品を感じられる机と椅子が整然と並べられ、装飾一つ無い壁は塗りたての様に純白だったが、不思議と無機質な印象は受けず、むしろ無垢ですらあった。
奥には神を象った顔の無い像があった。壁と同じ様に純白で、机や椅子の様に質素な。しかし品を感じる造りの。
その前にいたのは、白いシャツの上に黒い衣を着て、更にその上から白い外套らしきものを羽織った男だった。首にはチョーカーに似た、しかし臍の辺りまで伸びている布の装飾が巻き付いている。
男は侵入者を前にしても彼は動じることなく、静かに佇んでいた。
此方に向ける目は落ち着いた深い青に彩られており、真紅の髪どこか炎を連想させる。



「……貴方が、魔王か？」

緊張に満ちた声でディラックが、問う。
男はディラックを静かに見て。

「――如何にも。貴方は、勇者か？」

それだけで、ディラックが気圧され、固まったのを見てしまった。
少しの沈黙の後、ディラックが緊張感に満ちた声で応える。

「…ネフリティスのディラック。神託を受け、勇者となった」

魔王は、そうか、とだけ答えて。静かに見ていた。
よくよく観察すれば、その身はやせ細っていて、枯れ木の様な男だと私は思った。
それ程に、細い。少なくとも見た目は。


少しの、奇妙な沈黙があった。
豪奢な椅子に腰掛け、こちらを睥睨する強敵の風格漂う奴ならば戦いを始めていたかもしれない。
しかし、男は細くて、青白く、また覇気も無かった。
これが人間界を侵略し、人を滅ぼそうとした男の姿と思うには、男はあまりにも異質過ぎた。
もしや、と思い。私は口を開く。

「……魔王。聞きたい事があるんだけど、いいかしら？」

「…何かな？　お嬢さん」

「あなたは部下の事はどう思ってるの？　人間の事は？　そして、あなた自身は？」

魔王は、静かに私を見ながら――それだけで気をやりそうだったけど――迷い無く答えた。



「どうでもいい」



「すべて、どうでもいい」



「私は神以外のありとあらゆるものが、どうでもいい」



此処に来るまでの造形物や魔物達を思い返して、もしや、と思っていた事が確信に変わる。
――彼はただうつろで、救いを求めている。そこにいるだけの置物の魔王だったのだ。
魔王は、とうの昔に滅びていた。
それを認められなかった魔物達は勇者を打倒し、人を滅ぼす事で彼の関心を得ようとしていたに過ぎないのだ。

虚影の魔王。幻想の魔王。

それが、私達を滅びに追いやろうとしていたモノの正体だった。


「……なら、あなたが死んでも構わないわよね？
　私達はあなたの首が必要なの。
　――魔物共々、二度と人間界に関わらない事を約束し、その通りにしてくれるなら此方も二度と貴方に関わりに行かないけど」

交渉を持ちかける。
仲間の誰も驚きはしなかったし、反論もなかった。

「君達が勇者で無ければ、二番目の提案を受け入れていたかもしれない」

こつん

「…だが、それはできない。できないのだ。ディラック」

こつん

「…君は勇者だ。ならば私は、君を滅ぼし、取り込まなくてはならない」

こつん

「……全ては我が神のために。私を殺しに来たのだったな？
　ならば、そうするがいい。神の加護が君達にあるのなら、それを成せるだろう」

こつん、と。
目前まで来たところで意識を取り戻した。
気づいた時には、魔王はこちらから数メートルとない距離にいる。
それほどまでに――それほどまでに、魔王がこちらに来るという事実が、絶望的だったのだ。
心が、その事実の認識を拒むほどに。
すぐに他の3人を見渡すが、彼等は一様に口を半開きにし、呆けたように魔王を見ている。
指一つ、瞼一つ動かさない。

「すべては神の御心のままに」

「伏せてッ！！」

私の叫びを聞いて、おそらくは意味を理解する前にディラックとグリフが動く。
ヴィルムの背中を押し、3人一緒に、地面に体当たりするかのような速度で。

風を引き裂き、音よりも早く収縮された魔力の塊が魔王の顔に直撃し、爆ぜる。
ありとあらゆる無駄を排除した最速・最大の一撃。
「魔弾」と名付けた手製の魔術だが、この一発で片付くはずもない。とはいえ、呆けた3人への気付け位にはなっただろう。

3人はすぐに起き上がり、武器を構えて魔王へと視線を向ける。
――魔弾の煙が晴れる。魔王に傷一つ無い。
それはいい。分かっていた。だが…

これは、なんだ？

魔王の前に、半透明の膜のようなものがあった。
魔弾はどうやらその膜に阻まれたようで、膜の一部に魔力の残滓が見られる。

「バリアだ……いや、君達には分からんだろうな」

バリア。聞いた事も無い。

「――旧い世界の産物で、ただの真似事だよ」



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魔界に入ってからというもの、妙なものがあちこちにある。
まず、魔物。
…私達の世界で見る魔物とは違い、魔界にいる魔物は非戦闘員のようで、話もできた。
むしろ私達に興味津々のようだった。
…外の世界の事を知らないのだろうか？
見た目はともかく、中身はまるで普通の子供みたいで、少し驚いた。

馬の無い馬車もあった。
自分でも矛盾しているとは思うが、事実だから仕方が無い。
そいつは良く分からない唸り声を上げながら、信じられないような速度で来た。
車輪がついた、硬質の鉄の箱としか形容のしない何かは、何も引くものは無いのに、強風を受けた船の如く走っていた。
魔物に話を聞いてみると、他にも色々な種類がある「車」との事だ。

また、収穫も一つあった。
四天王が使っていた魔法のことだ。
あれは魔界ではチョウノウリョクと呼ばれているらしい。

魔界でも、とても珍しいもののようだが…。
魔法を見せると、チョウノウリョクシャだ、とはしゃがれたので、魔法の一種なのかもしれない。
そういえば、魔法を使う魔物はそれこそ四天王くらいだった気もする。

…おかしい事に気が付いた。
私達は、殺した魔物の事を良く覚えていない。
四天王の事も、風を使ったとかそのくらいで、どんな姿で何を言ったか、なんて事も思い出せなかった。

なんとなく、いやな感じがする。
これも魔王の仕業なのだろうか…？

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「勇者」を殺す。
私のすべてを賭けて。
ただそのためだけに、生きていこう。

くるり、一行の方へと向き直り。

　喜びのあまり再び抱きつき、フィーグルに熱烈なキスを迫る！

云い直した。謝るとまた無限ループになりそうだったので、そちらにシフト。

その中で流された人はまさに激流の真っただ中を溺れかけている人のようなもの。
荒い流れでもゆるやかに乗りこなせるのが自分や相手のような存在。

はぁ、と頷いてから。

彼女の診断する所。探し当てる魔力は何処。
偽の中心、心臓付近から膨大な魔力が絶えず稼働している。不安定だけど、人間の魔術師以上の魔力はあるらしい。
加えてさらに調べれば、調べるほどに誘い込むような囁き声が魔力に乗る。
曲がりなりとも魔力探知に反応して、『来ないで』『御出で』と交互に囁く。呪いめいた声色がフィーグルの頭に響くやもしれない。

頭ではわかっても、クーリアにとってそれはそんな簡単に受け入れられることでもないのであった。
　自分の種族による性質が、人として生きてきた自分の、価値判断の基準を根底から揺るがしかねないという不安。

　自分に言い聞かせるようにそう言って

　精一杯の強がりを。

　焦りすぎて何を言っているのかわからないが、恐らく自分なんて全然可愛くないと言っているのだろう。

　シャルロッテが男の子嫌いだなんて、考えてもみなかったという顔をしている。

　

体の奥底から湧きだつ力を感じる…

苦労して来ただけあって中々逞しい様です。

人の言葉を喋り、ぽんっとコミカルな煙が出して人型へと変化します。
筆を取り出して、アウラルに向かって空中に「腐敗」という文字を書くと、思いっきりその上にバッテンを描きます。

そんな話をしながら目をキラキラ輝かせている辺り、子供っぽい側面も持っている様です。


フィーグルさんが話す"彼"の話を聞くと、哀しそうな表情で笑います。

凄く前向きな考え方をするとだけどね。と呟きます。

そう言うと、ちょっと恥ずかしそうに笑いました。

竜との関係を聞かれて、男は緩く首を傾いでみせた。
少し、考え込む。

などと、あくまでも他人ごとのように語ってみせた。

聞いた感じだと、そう聴こえた。
魔王魔王と目の前の彼女は連呼するが、悪事を働くようでもないし。寧ろ、一揆側に参戦したいと言っているくらいだ。

　それから、フィーグルの話を聞く。
　最初はきょとんとした表情を浮かべていたものの、神妙な表情になって。

　悩み顔で、そう呟いた。
　そんなこと、考えたこともなかったらしい。