→前回から続き



彼は真っ直ぐこちらを見て、頷く。

……無理しなくていいとか、無茶しなくていいとか。
そういう言葉をかけることも勿論できたけど。
でも、それはやっぱすっごい失礼だ。
それくらい真っ直ぐで、真摯な目だった。

ネクターの独占。それを単純に私利私欲のため、と切って捨てることができない。
何せ、俺はここに来て間もないし、本当にネクターがこの世の中に"良いもの"なのかも分からない。
そう、俺達みたいな存在が、世の中にとってどっちつかずだったみたいに。

同意しながら、ジョウのことを見る。
この短時間で、どういう人間なのか見極められたとは言いづらいけれど、それでも、できたら「信じたい」。
だから、俺は笑顔と、誘いの言葉を向ける。

より意識して明るくそう持ちかける。
そうでもしないと、臆病な自分が今ここで育ってしまいそうだった。
大方の想像通り、彼は体を堅くして、目を見張っている。

次第に目線も下へ下へと下がっていく。
さっきまでの言葉は確かなものだったのに、こうなってしまうのは、まず俺がいけないんだろうな。
ようは、俺が頼りないんだ。
そりゃあ、そうだよな。だって同い年くらいの奴と一緒に組んだからって、劇的に何か変わるとも思えない。
エンブリオだって、お互いまだ使いこなせている……とは言い難いだろうし。
――そう、ここが勝負所だ。
彼を引っ張っていく「何か」が必要なんだ。

分かりやすい単語を並べると、素直な反応が返ってくる。
辺りを見回すと、落ちている木の枝を見つけた。
――受け入れてくれるだろうか？
不安が過ぎる。何せ、今までこんなことはしたことがない。
ここが異世界で、不可思議なものが存在しているからといって、受け入れられるとは限らないんだ。

だからこその勝負だよな？

そう、ここで受け入れられなかったら、俺は本当に一人で、コレを隠し通していかないといけない。
彼が受け入れてくれるかどうか。
それが俺の、この世界での方針を決める。

――俺は木の枝を一振りした後、今度は自分の腕に振り下ろして傷つけた。

……痛い。顔を顰めそうになるけど、笑顔を取り繕おうとする。

彼の顔が驚愕に染まっていく。
そりゃそうだよなぁ、腕の傷があっという間に塞がっていくんだ。
うん、そりゃあ、……おっかないよな。

――返ってきた言葉が、「化け物」じゃないことに、俺はひどく安心した。

明るく明るく、そう誘いかける。
彼みたいに純粋に人のことを考える人が、このまま一揆に参加しても危ないのかもしれない。
けど、それなら自分が協力すればいい。
ここでじゃあさようなら、っていうのは、うん、俺の性にどうしても合わない。
困ってる人もいる、こうやって俺と同じ立場なのに、立ち上がろうって人もいる。
そして、俺のことを、化け物とは思わないでいてくれてる……たぶん。
だから俺はあくまで、彼に「協力」する。
いや、協力させてほしい、かなぁ？

彼のエンブリオが声を上げ、それと共に彼が頭を下げた。

俺は安心して、自然と笑っていた。

こうして、俺は仲間と出会った。


　◆　◇　◆

そうして振り向こうとすると、俺のすぐ横にジョウが走ってやってきた。
あの時みたいに、真っ直ぐな瞳で俺を見ている。

――そうして発せられた言葉に、俺は喜んで返す。

仮面の男がそう呟くと、その手にマントの欠片が集まっていく。
しかし少年が唐突に殺気を抑えた様子を見て、男もまたその何かを止める。

真っ赤な嘘である。どうも目の前の少年を信用していないようだ。

コートをバサリと翻してポージング。
どやぁ。

威嚇はしないものの、鋭い瞳と圧力で己に触れるなと警告を発する。

唐突に飛び出してきた青年を、色の違う双眸で見つめる。
何やら忙しげにするその様子をじと眺め、特別大きな反応も返さないまま、
差し出されたその手を見遣ってから、改めてその顔を見た。

と、まず一言。
それから続けて口を開く。

大技を終えてぷしゅうと力尽きつつ人型へと変じた青年。
そんなぼやきを交えつつ気を抜いていると、横手からかかる声に顔を上げた。
見覚えのない少年である。

妙に興奮気味というか、尊敬の眼差しというか。
慣れない視線にむず痒いものを感じつつ、耳をパタパタさせつつ返す青年。
落ち着かない様子で尻尾が揺れる辺り、微妙に照れているのかもしれない。

その照れ隠しにチラチラと少年の姿を上から下まで眺める。
なんだか、メルンテーゼらしくない雰囲気に首を傾げた。
更に、その言葉から確信する。
どうやら彼も違う世界からの来訪者らしい。

違ったらすまんね、と断りつつ問う。
名を聞かれれば気さくな態度で口を開いた。

褒められて満更でもないようだ
いつもより心なしか胸を張っている

伸ばされた手から距離をとり

　誰かが、誰かを呼び止める声がした。
　自分に向けられているものと気付かなかったが、続けて話しかけられれば、そちらを向く。
　杖の先端に留まるイヌワシは、軽く首を傾いた。

　顔を近づけてきたレイに、イヌワシは黄金色の鋭い眼差しを向けた。
　じい、と彼を観察するように見据える。

相手の殊勝な態度ゆえか、色白で小柄な少年は少々戸惑い気味のようだ。

一方、黒の礼服を纏った執事風の青年は、全くこの事態に動じず。
どこか相手を調べるかのように質問を投げ掛けた。

この2人、どうやら興味を持つ事象がバラバラのようだ。
とことん話題が噛み合っていない。

　案の定切った。微妙に顔を顰めるが、すぐに気を取り直して話しかけてくる。

　サラマンダーの姿を見て不思議そうに首を捻る。

されるがままに握手をするジョウの横から、エンブリオが半眼で問い詰める。
ジョウは小声で詫びて、頭を下げた。

ジョウの言葉に呼応するように、鉄仮面をつけた石の巨人……ゴーレムが声を発する。
水をまとった少女だけが、気にいらなそうにレイたちを睥睨している。

フォローするように言ってから、ジョウは改めてレイたちに笑みを向けた。

ジョウはそう言って、小川のほうへ引き返していった。