夢を見ていた。


青と白の、二つの色で、二つの色しか存在しない、森のような場所の夢。


声を聞いた。


姿を見た。


夢である筈の、夢のようで、夢ではないのかも知れないとすら思えるような、夢。






急な、それも過度な運動による所為か、元々、身体が丈夫でないからか、それとも。
それ等、全てが原因として思い当たるし、こうなることも、分かっていたような気がする。

「……ひっでぇ顔」
「……、」

随分な落ち込みっぷりだったから、笑ってやるつもりで、けれど声が掠れる。
それだけで渇いた喉が痛んだし、眼鏡をしていない所為もあるだろうが、視界が滲むようにぼやけて見えた。
思考は、それなりに働くようだ。それだけでも幸いだ。
不幸中の、と言うよりは、今の今まで、こうならなかったことを考えると不思議なくらいで、十分だろう、とも思える。
情けないことに、変わりはないのだけれど。

「アリシアは、」
「……お粥、作ってくれてる」

感情のこもらない声だったが、思いの外、ハッキリとした声音だった。
食欲は無い。無いが、作ってくれていると言うのだから、それを断るわけにもいかないだろうと、思う。

頭が熱い。

「…………」
「……ンだよ」
「ごめん」
「過ぎたことだろ。 それに、お前が悪いわけじゃない」

誰が悪いかと言えば、当然、それは自分自身だ。
足手纏いであることを忘れるような、誰より一番、気が抜けていたのは他でもない自分自身だ。
碌に、戦えもしない癖に。

泣きそうな顔をするから、今度こそ笑ってやろうとして、今度は咳き込んだ。
傷を負ったわけでもないのに、体のあちこちが、節々が軋むように痛んで、目が覚めるようだった。

熱があるのは確かだろう。
けれど風邪を拗らせたわけではなく、ただ、体調を崩しただけだと分かる。
他人よりも、その症状が重いだけだ。
昔はもっとひどかった。
それを思えば、これでも大分、良くなった方だろうと、思う。

「俺の心配する暇があるなら、自分の心配でもしてろ」
「……オレさあ、」

泣きそうだった顔を、抱えた膝に埋めて、ルカがぼやく。

「シズが倒れるとこ、見んの、はじめてじゃないんだけどさ」
「……珍しいことでもねぇしな、誰かさんに振り回されて、昔っから、」
「いっつも、オレの所為だったじゃんか」

いつも。

「オレさ、また、オレの所為だって思って、それで、……なんか、」
「…………」
「……馬鹿、だなって、オレ、」
「今更だろ」
「…………」
「お前は馬鹿だよ、本当」

埋めていた顔を、ゆるゆると上げたところに、そう言ってやると、ふにゃりと笑われた。

大馬鹿もいいところだ、と思う。
悪気の無さが、いっそ腹立たしいと思うくらいには。

「……かかんにーちゃん、元気だったか？」
「……まあ」
「フィンさんとは、一緒になれたのかな」
「どうだか」
「……やっぱり、心配、してねーの？」
「……誰がするかよ」

する方が馬鹿だ。 あれだけのモンスターを相手に、あんな、いとも容易く。
脳裏を過る表情だとか、触れる手の所作だとか、相変わらずの、落ち着いた声音だとか。
胸の空く思いがしたのは、あの一瞬だ。 今ではどうだ、思い出すだけで、苛々する。
何故かは分からない。 分からないのに、あのお節介野郎の所為で、お陰で生きていると言っても過言ではない筈の自分は、感謝するべきなのかも知れないとすら思う、思うのに、どうしてか苛々する。

返しそびれてしまった外套だって、どうしろと言うのか。
別の、新しい物を用意するんだろうことくらい想像できる。 だから、態々返す必要だって無いのかも知れない。
けれど、返しておきたい。
返さなければならないと、すら。
本来なら、再会するべきは自分ではなく、アリシアやルカだった筈なのに。

「……ッ、くそ、」

なんで。
なんだって、あんな顔。

頭を掻き毟る。
ルカが不思議そうな顔をして覗き込むから、その顔を押し退けてやった。


弱い力だった。
熱があるのかも知れないと思うくらい、顔が赤くて、息をするのだって苦しそうに見えた。
水と、タオルくらいは、持って来てもいいかも知れない。

「具合、やっぱり、良くない……んだよ、な」
「一晩休めば十分だ」
「……無理、してねえ？」
「アリシアとお前を二人で大廊下だの森だのに行かせる方が、正直、心臓に悪い」
「……オレ、そんなに頼りない、かな」
「お前が頼りないと言うより、アリシアが危なっかしい」

しっかりして見えるアリシアのことを、危なっかしいだなんて言うのは多分、シズくらいだ。
おまけにアリシアと同じくらい頑固で、だからきっと、ちゃんと休めなんて言ったって、聞かないんだろうと思う。

こういう時、大人っていいなと思う。
あの二人なら、アリシアのことも、シズのことも、説得出来るのだと思うと。

「……なあ、シズ」

その力の無さが、自分でも分かる。

「シズもさ、……自分の心配、しろよ」

人の心配をする暇があるなら、なんて自分で言うくせに。
シズだって、いつも人の心配ばかりしている。
それはきっと、シズにだけ言えることでもないのだ、と思うけれど。


「ルカ、」

アリシアも、そうだ。

「お前、ほんっと馬鹿だな」


呆れるみたいに、けれど、苦く、笑うみたいに。
何だか懐かしいものを見たような気がした。


（ 今更しようとも思わない ）

（ 居た堪らなくなるくらい、自分なんかの心配をしてくれる馬鹿が居るのに ）

ふふりと笑いながら彼女は言う。それが嘘か真か、嘘は付いていない眼をしているが。

そう言い小さく肩をすくめてみせる
それからの“アイス”についての説明には興味深そうに耳を傾けている

そう言って、握手を求める。

驚きこそすれ、傍らのアリシアの様子を見、ゆっくりと相手を向き直る。
二人を順に見遣り、気まずそうに目を逸らしたのは、一瞬だった。

武器を、手に取る。

言いたいことは、たくさんある。
それを伝えるべきは、今ではないのだと、思う。

深呼吸を一つ。