――花冠を見たのか？

――それはいつ、どこでのことだ？

――……花冠に、何か変わった様子はあったか？

――なら、その後ヤツは何処へ向かった？

…………………


…………


…



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.......




赤々と燃える木枝が、パチリと弾けた。

風の流れる川辺を離れ、僅かに土が盛り上がった傾斜の下。

疎らに樹木が並び立つ林中で、我々は夜をやり過ごしている。

傍らでは、警戒も無く、幼い静かな寝息が立てられている。

こうして、我を足止めすることとなった少年―フローラ。


今は己の荷物を枕に、我の外套の下へと寝転がっていた。

かつて、花冠があの少年少女達に施してやった装いと、そっくり同じ様。

フローラもまた、寝具も持たずに歩き続けて来たらしい。

今までにも、幾度か他人の寝顔を見て来たモノだが。

これ程までに、野に寝転んで油断し切った顔も他にあるまい。

心無しか、彼我の距離も随分と近い。

風の当たる場所を避けたが、夜半の空気は冷える。

胸元まで肌蹴た外套を、掛け直してやろうと腕を伸ばし。

掴んで引き上げた指の先が、不意に寝転ぶ子供の頬へ触れた。


柔らかく弾力に富み……　それでいて、暖かい。


これまでも、見よう見まねに子供の髪を撫でたことはあった。

だがこうして、直に肌の感触を確かめる機会は無く。

また、これ程に特色あるモノと知れることも、初めてであった。


再び指を、少年の右頬に押し当てる。

我が指先は、その柔らかな頬を押し広げ、緩やかに形を変えて行く。

指を離し、布の内部を暖めるべく、自らも外套に身を覆った。

一つの布地を、二人で広げて共有する形となる。


そのまま腕を伸ばすと、手の平が少年の胸上へと置かれた。

フローラの呼吸と心音が、体表を通して伝わる。

穏やかで柔和ながら、いつまでも規則正しく、力強くすら感ぜられて。




――いつか、我が子を得たのならば。

その時もまた、この腕に同じ感触を得るモノだろうか。


だが、瞼に浮かぶ子供の姿は、どこまでも朧げで頼り無く。

それは、未だ見ぬ存在である為か。

その所在の在り処が、果ても無く確かならぬ、定めの故か。


否が応も無く想起されたヤツの姿は、未だに紅に塗れて。

その血の滴りに、辿り着くことすら適わず。


男の求めるモノを、我は未だ知らぬまま、こうして――



*　*　*

あのまま、我もまた眠りに落ちたようだ。

腕の中に残る僅かな温もりも、朝の風に少しずつ剥がれて行く。

トコトコと、小さな足で離れぬ様に付いて来る。

寝起きでも変わらぬ爛漫さも、子供特有の爛漫さ故か。

気配を荒げぬ様、静かに衣服を脱ぎ落として行く。

元より水を浴びる積もりで来たのだから、ついでの行為だ。

フローラは、足元に脱ぎ捨てられた服を見詰め、固まっていた。

全てを言い終えるよりも早く、瞬く間にフローラは視界から走り去り。

川岸近くに集っていた魚は、全て岩陰へと隠れて消えた。

川面に足を浸し、歩を進める。

水の冷たさが、肌を通じて内へと染み渡り、実に心地が良い。

原初の刺激たる冷感が、全てを真白に洗い流して行くのだ。


川の流れは穏やかで、足を取られることも無く。

また、川幅の四分の一まで進んでも、水深はヘソ程までであった。

水を掬い取り、体表に浴びせる度に、身体が引き締まって行く。

傍らに在るは、肌を伝う水の匂い、水面を跳ねる風の香り。




――不意に、一陣の風が水面を激しく叩き付けた。


同時に気付く、間近を通り抜けんとする人の影。

その足取りは、野生を宿とし、気配を殺すを常とすれども。

この間合いで、我に気取れぬ道理は無く。

それが己の探し求めた姿であるならば、尚更に――

目前を通り過ぎんとする姿へ向けて、声を張り上げる。

そうせずとも、ヤツならば疾うに気付いているのだろうが。

花冠は歩みを止めると、緩やかに顔を此方へ向けた。

彼我の距離には相応のモノが在るが、渡れぬ川幅では無い。

ヤツの残した笠もまた、川岸に置いたままだ。

荷を取りに戻らんと、岸辺へと急ぎ身を翻す。

花冠の声は、己の所作を制する如く発せられ。

何故、再び同じコトを問うのか。

貴様を殺す必要など無いと、刀と共に応えたはずだのに。

それでも、花冠が満足を得ていないことは自明であった。


動かぬ唇と裏腹に、その双眸に篭められた力は強く。

全てを見透かすその瞳とは裏腹に、我には何一つ見えぬまま。


黙して岸へと上がり、花冠の残した荷を纏める。

さりとて量も無く、直ぐさま荷組みは終わり。

仕上げに笠を手に取り、花冠へと向き直った。

あの時と同じ答えを返しながら、手の内にある笠を撫で付ける。

一見して、笠に対するヤツの関心は薄そうに見えるが。

されど、花冠が我を避け続けている現状である。

彼我を直接的に取り持つ唯一のモノであることに、相違は無い。

花冠が、視線を此方へと向ける。

ヤツの瞳に浮かぶは、呆れか、失望か。

その答えは、次いで吐き出された息の中へと混ざり込み。

花冠の言葉は、意外な程に己を揺るがしはしなかった。

それは、この世界に赴いてよりの、常たる案じ事であったが故に。


思い切りを付け、笠を花冠へと投げ渡す。

花冠と共に在れたのは、我がその邪魔と成らなかったからだ。

我もまた、そう在ることを受け入れ、傍を歩み続けた。

その余裕と時を、竜の変化たる己は持ち得ていて。


竜たる全てを削ぎ落とされた我は、ただ足手纏いと成るのみ。

その上で尚も追い縋り、邪魔立てとするならば――

元より、ヤツに拾われた命である。

笠を被り、目を伏せた花冠の顔を、瞳で追い掛ける。

それは、違和感であった。

貴様の態度は、疾うに決まっているはずだのに。

何故に選択を、未だ我に託すのか。

歩み始めた花冠の背を受け、咄嗟に追い掛けようと身体を前へ。

刹那、遠来より強風が吹き荒れ、境を遮った。

川辺の砂も枝葉も、水面の飛沫すらも一緒くたに巻き上げて。

風が収まりし後には、男は影一つ残さずに消え去っていた。

目前より去りしとて、追わねばならぬ。

我の答えを、ヤツは待っているのだ。



手早く荷物を抱え、水面へと泳ぎだそうと進む。

その目前を。

水中より現れ出た、巨大な影が遮った。

シズは兎も角、少なくともルカは。
目の前の彼女と、共に行動する彼は、この世界の人間だと思っていた、らしかった。
が、彼女の言葉に、どうやらそれは、違うらしいことに気付いたようで。

声を、揃える。いや、揃っていない。
自分達が、それほど仲良く見えるのかと、一方が。
自分達ふたりは、アリシアを抜きに、そう見えるのかと、一方が。
続く言には、

ルカが言葉の意味を理解出来ずに首を傾ぐ一方、シズは言葉を失った。
返すべき言葉はあった筈だが、思わず、失った。

魔法の呪文『のえっち』は、フローラには効きすぎたようだ。

すっかり意気消沈している。すなわち敵意はないようだ。
あなたはこの少年に出自を話してもいいし、話さなくてもいい。

刀を鞘から引き抜き、構えて距離を詰める。
一歩一歩と歩を進めて、その体躯を間近に捉えようと。

刀を納め、周囲を見渡す。

外套を脱ぎ、刀と共に傍らの荷物の上に置く。
軽く伸びの姿勢を取りながら、フローラの出方を待っている。

右手を腰に当て、思案の姿勢。
目前に立つ姿を、上から下へと眺め遣る。