少し前の事を、思いだす。
森での事。初めての敗北。仲間に守られたが故、最後までその場に立っていた自分。
相対した中に居たのは、一頭の一角獣。

『――貴女の契約しているその、エンブリオは』

倒れそうになりながら、まだ両の足で立つ自分に声をかけたのは、一角獣。
否、声にはなっていなかったのかもしれない。
言葉にせずとも自分が今まで知るエンブリオと会話が、意思疎通出来るそれと似ている。
少なくとも契約者全員がそうではないらしいと知ったのは最近の事。

『残念ながら、私は貴女と契約していたモノではない』
『そして此処は貴女の知る『森』とは違う。お分かりか』

頭を振る様に紡がれるそれに、目を細める。
わかっていた事。
けれどその事実を言われれば、微かに痛む心を止める術は私はまだ持ち得ない。

『一度契約を解除した。――ならば、もう会える事等は無いに等しいとお分かりか』
『私は貴女のエンブリオには、成り得ない』

『唯一つ。言葉を残すのならば。――クオリアの魔女。貴女が新たな力と出会える事を』

その言葉を最後。スケルトンの放つ打撃によって、意識が一瞬揺らぐ。
私が膝をついた時に勝負は、決した。そして言葉にならぬ会話も、終った。



*


予想は確証へ。確かに王の手のものは地下牢を通って来ていた事が、分かる。
事実は自分の心に確かな影を落とす。
此処で犠牲になった、一揆に参加していた者たちの命。
現れるエンブリオ達は己の意思なのか、それともこれも契約なのか。真相はわからず。
ただ複雑な思いだけが、残る。


地下牢へと潜る際、協力をしてくれたパリルドとちえり。
二人の力は圧倒的で、自分は何をする暇も無く二人がとても鮮やかに、侵入者を阻もうとする者たちを倒していく。
戦いの最中。一人の相手と――瞳があった。
瞬く間に終わった戦い。それを終えた中で、自然、己の足はシツジと呼ばれていたものに近づいて。

「貴方の力を、貸して頂けませんか」

瞳があった時も、今も、この感覚を何と形容すればいいかは分からないし、
私はその感覚に名前を付ける必要はないと、思っている。
ただ気がついた時にはそう、言葉に、音に、していた。
懐から取り出したのは、1枚の紅色の花弁――ネクター。
森には当たり前のようにあって。当たり前のようにあったからこそ、森は燃やされた。
原因となった王へ続くかもしれない道を守ろうとする相手へと言うのはおかしなことかもしれないけれど。
瞳を見ればそれがすべてではない事は分かった。そして少しずつ、色んなエンブリオの助けを借りていくのは
当たり前のことだった。その、当たり前の事さえ、忘れていた。

再び、森で引き籠り生活をする為に一揆に参加をした。
決して間違ってはいない。
己の思考はいつだって単純。感覚と本能のままに。

森を出て初めて、出会った人達と、友達と。
色んな感情に、思いに、強さに、触れて。

仲間が少しずつ、色んなエンブリオと契約して行くのを見ながら、絆を深めていくのを見ながらも、
結局踏み切る事は、無かった。何処かできっと、避け続けていたのであろう。
わかった様に言いながら、自分だって、先へ進めてはいなかった。

それでも外を知って、今の自分のままでは力になれないと確かに認めた。
先日あのユニコーンにも、言われた。もう、過去には戻れない。
自分の生活の為だと、それも確かだけれど、きっとどこかに引っかかっていた。
あの森は、もう無い。エンブリオも、皆。
けれど、今の自分には仲間が、友達が、いる。

もう倒れる仲間は見たくない。もっと守れる、癒せる力が、欲しい。
友達を支えられる、心の強さと、それに伴う力を。
今を、生きるために。今を今の仲間と進むために。

だから。森の彼等以外と契約するならば。
昔自分が契約していたユニコーンに何処か似た瞳を持つ――彼がいい。
紅色の花弁に、そっと口付けを一つ。己の少しの生命力を宿して。

「私はクローシェ・ヘムロック。異名はクオリアの魔女。私と、契約をして頂けませんか」

少しだけ声が、震える。
花弁を差し出し、黄昏色の瞳で真っ直ぐに見つめれば、シツジは赤い瞳を伏せる。
ネクターが静かに消えていく。契約を受けいれたと。力を貸すに値すると認めたと言う事。
姿が変わり、白い髪の青年が静かに紅色の瞳を開き、確かに己を見た後、
その姿は再び変化をし、可愛らしいふわふわとした、まるでぬいぐるみの様な羊へと姿になる。

「これから、宜しくお願いします」

そこでようやく、本当に笑う事が出来た。
羊を、そっと撫でる。皆の助けになれる、新たな力と。
新たな――森のものではない、友と。出会えた事を。



*

気づけば弓使いの少女とも、合流をしていた。
ルドと共に持ち帰った情報に対して、ソルトから出た提案は二手に別れようと言うものだった。
言を聞けば確かに、他にも抜け道があるのは不思議ではない。
休息の一つも無く、自分達を守り通しているルドの疲労は心配だけれど
ここで足を止めない方がいい事は分かっている。ゲオルグの情報はとても有難く――経緯や仔細は目をつむる。
別れる前の様子が気になり、視線を向ければ逆に声をかけられる。

「……目。凪ぎ方が、いつもと違う」

トウカの言葉に戸惑うものの、地下牢で見た光景が。結末が。未だに影を落としているのだと分かる。
それでもいつもの様に言葉を交わせば心が少し、安らぐ。

「…地下牢で、思う所がありましたので。新王に対し反を企てる、一揆に参加する身としては。あまり、良い光景では」

隠しはしない。隠した方がきっと彼女は心配するから。
己の理由は隠しだてするものでもないから。無理に目に入れなくてもいい。と告げた彼女を、優しい人だと思って。
合流と無事を願った後、ぽつりと漏らす。今も、ゲオルグの暗殺者から情報を聞きだしたと言った言葉に対して口を噤んだ事。
少し前別れるとき、言葉をそれ以上言わなかった事を。まるで、癖みたいなそれが、気になって。

「思った事、言葉にしても構わないんですよ。…もっとご自身に自信を持って下さいな」

瞬きを、何度か、繰り返す仕草の後。

「……私は。そういう事に、あまり慣れていない。だから、これはきっと……自信よりも、勇気の問題なのだと、思う。
　今は、難しい。けれど、あなたがそう思ってくれていた事は、覚えておく」
「……ありがとう」

返された言葉に、戸惑う。礼を言われる事を何か、しただろうか。
寧ろ自分の方こそ、これがいっていい事なのか、どうなのか、分からない。
人にとってはどこまでが踏みこんで良くて、どこまでが踏みこんでは駄目なのか。
接し方等、触れかたなど、未だにわからないのは自分自身。

「……大丈夫だよ」

立ちあがり、各々解散しようとすれば、聞こえる少年の声。
「別に、『言葉』は、選ばなくても良い。君達くらいに、
『力』と『心』を持った人間なら、思った事を言葉にすれば、それがそのまま『想(のろ)い』になるから」

それを私は持ち得ているのか。わからない。
ただ、出来れば笑って欲しいなと。無理に口を噤む姿よりは、笑っていて欲しいから。
それだけで。唯それだけの思い。

ぱあ、と表情を明るくしたかと思えば、自分が名乗らずにいたのを思い出し、恥ずかしげに頬を染める。

思わず畏まり、背筋を伸ばして。

此方での魔女はどんな人なんだろうと思って、と一息に言い。

小さな声でそう言うと、小さく首をかしげた。

カエルことエンブリオは無事キャッチされる。

女性の手の中でうごうごと暴れてから、大人しく一鳴き。

まるで、わかっていてしたような返事。

慣れるまで触れなかった、今はまだ平気だと思うけれど少しまだ躊躇はある。

しかし新しい出会いをくれたことにはほんの少しは感謝もあった。

申し訳なさと、驚きを感じつつ女性のもとへ駆け寄り。

　
　

　　　　インコが


　　　　　　　　岩石を



　　　　　　　　　　　　ぶん投げる！！

　流した！！