――――――　――――　　――　　　―　　　　―

　倒れたそれのすぐ傍に膝をつく。何となく『そう』だと思ったから、そのまま口を開いた。
「来るか」
　疑念の脱落した問いかけ、間を置いて目の前に、淡い光が浮かび上がる。掌に捉えれば柔らかい感触、そのまま空気に溶けるように消えて行く。頷いて、立ち上がった。
　『消え去った』わけではない。見えない姿に変わっただけだ。肩にレーレが上って来る。戦闘の時でさえテラ程姿を見せる事をしないのに、珍しいと思いながら踵を返す。得物を払って戻る最中に、ああ、と思って、少しの間考えて。
「……『シャール』」
　しゅる、とどこからか衣擦れのような音が静かに聞こえる。もう一度頷いた。

――――――　――――　　――　　　―　　　　―

「……二手に分かれよう」
　持ち帰った情報、引かれた簡易な図面を囲んだ中で、声を上げた呪術師の言葉は端的だった。指が動いて図面、地下牢の作りと配置、道を示す地図に幾つかの点を示す。
「この作りなら、あと二つか三つ、侵入経路があるはずだ。恐らくは、平原からと、水辺から。或いは森にもう一つ考えられる」
　示された点に線が加えられる。紡がれる言葉は淀みない。
「兵舎を迂回するルートと、この地下道、調べてみる価値は、ある」
　――軍師か、あるいはそれを使う側。ただ『呪術師である』というだけではないだろう、呪うだけなら必要の無い部分までを網羅して、やはりそれが共通項なのだろうかと一つ落ちる。魔法使い、錬金術師、魔導師、魔工師、色々なものを見てきたが、その枠に収まるだけで良しとする例は少なかった。己に無いものは、推測も推定も難しい。
「庭園を経由するルートは、目星が付いてる。僕とアリシロとメィレーが向かおう。ゲオルグ、君はルド達と合流してくれ。……きっと、君の『目』が必要だ。君は『いい目をしている』からね」
「心得た」
　この場にいる七人を二分にして、向けられた後半の言葉には学者はすぐに応えを返す。分担も簡潔だ、であれば自分のそれも確定される。
「水辺から地下牢に入る道はこの前襲撃してきた暗殺者から聞き出してある。案内しよう。ネクターを独占する王の、表には出せないものを監禁しておく地下牢……何が見られるのか実に楽しみだな」
　好奇。言葉に浮かんでいるものはそれだが、様子には別を見出すことは叶わない。判断の為の材料が少なすぎる。だが『暗殺者』という言葉には眉根を寄せた。それがどこに属しているかで脅威か否かが変わるだろうが、良い情報ではない。入って来ないよりは断然言いのだが。呪術師が彼を評する、
　情報と方針が緩やかに並べられて行く中で、癒し手の彼女が学者の彼の方へと小さく頭を下げるのを視界の端に見ながら、口元に手をやった。
「……水辺の所から入って、ちょっと奥まで行ってみるか。あんまり長居したい場所でもないんだけど」
　地下の全てを把握する必要は無いだろうが、知っておいて損は無い場所だろう。今も施設として生きている可能性は捨てきれず、中に何があるのか気にならないでも無い。言う通り、調べてみる価値はある。
　――それを作ったのだろう『王』には、さして興味もないのだが。思うそのまま、ゲオルギウスへと視線を向けた。
「俺達は水辺の方は明るくないから、頼むな、ゲオルグ。俺は、……足手纏いにならないように努めるんで」
　『王』に興味がなくとも他に対してのそれが無いわけではない。得意の一つもないからそう言うしか無いが、適所があるならそれが一番だ。思って、一人へと眼を向けた。弓を持つ少女。
「ユパック、だっけ。どうする？」
　あちらか、こちらか。それとも別に行く場所があるのだろうか。決めかねているのか、解らないから率直に問いかける。彼女がどちらに行くにせよ欠ける一人がいる事には触れないまま。想像はつく、恐らく知っているのだろう一人もいる。だから不安は無いし、不用意に口に出すものではないだろう。
「私は……メィレーさんが少し心配ですけど、そちらの目星がついているんでしたら、地下に行きます」
「したら、こっちはその四人で行こう。……先に何があるかは分からないけど、そうそう不味い事にもならなさそうだ」
　弓使いの彼女の返答に頷いて言って、炎使いの方へと眼を向ける。呪術師の案に是と応えたまま、何かを耐えるような、負傷からではない何かを抱えたままの様子は、先程から変わらない。――凝っている。
「方向が決まったら、さっさと行きましょう。……あまり同じところに長居するのも、良くない」
　言って、彼女はそのまま、立ち上がった。いつの間にかどこから取り出したのか、大きく刃の歪曲した鎌が既に握られている。ちらと、その様子と、率いる一人へと視線を向けて。
　何も言わないままそのまま軽く息を吐いて、そうしてから炎使いに続いて立ち上がった。傍らから聞こえた『新王』という音に、僅かに重さを覚えながら、得物を取り直して。
「じゃああとで、だな。そっちも気をつけてな、場所は知ってても状況は変わってるだろうし」
　二手、陽の無い地下の牢獄と、陽の元の花のある場所。

――――――　――――　　――　　　―　　　　―

　
　

　　　　インコが


　　　　　　　　岩石を



　　　　　　　　　　　　ぶん投げる！！

　流した！！