「……っはぁ、倒せたね」
　レンガはふっと息を吐くと、爽やかな笑みを浮かべた。いろいろ発散したのだろうか、ぐっと腕を伸ばしている。
「うん……！」
　それには首肯を返し、ぐっと拳を握る。彼の笑みには、明るい笑みを返して。
「私は、攻撃、殆どしてないけど」
　余計な事を、思い出してしまった所為だろう。攻撃をしようとする手は震え、馬鹿の一つ覚えとばかりにただ彼へプロテクションを掛け続けた。――もう、『あんな思い』はしたくない。
　心中に差した暗い影を意識しないよう、戯けて舌を出す。
「終わりよければすべてよしだよ」
　青年は気にした様子を微塵も見せずに笑って、お疲れさま、と言うようにヴェスの頭をぽんぽんと軽くたたく。
「――ありがとう」
　はにかみ、照れたように頬を染める。続け様に口を開くと、
「お陰で、かわいい子と契約も出来たし！」
　と言って自分の足元を見やる。――そこには、コートの裾を掴んだ小さなカッパが佇んでいた。
「……あぁ、契約したんだ」
　ヴェスの裾を掴んでいるカッパを見下ろして、レンガがぽつりと。興味を持ったのだろうか、ロークがひゅるりと降りて、じと、とカッパを見つめている。
「うん！　可愛かったから！」
　一転、ぱあっと明るい笑顔を見せる。
　カッパはと言えば、青年のエンブリオをじとりと不愉快そうに見つめ返す。
「かわいい、……かわいいかな」
「うん。ほら、だって見てよ」
　そう言ってレンガにカッパを改めて見せようとすると、恥ずかしげに自分のコートの影に隠れる。恥ずかしがらなくてもいいのに、と思わず笑みを零す。
　一方、コートの影からレンガを見るカッパの目は、『見てんなよ』とでも言いたげな目付きだ。しかしヴェスが笑顔を向ければ打って変わって、照れたように目を細めてみせる。
「ね！！」
「……うん、そうだね」
　どこか歯切れの悪い返事だったようにも思うが、たぶん自分の気のせいだろう。深く考えることなくそう結論付けつつも、二人のこそこそとしたやり取りには不思議そうに首を傾げた。
　――まあ、いいか。心中で頷きながら、目線を合わせるようにしゃがんで、カッパの頭を優しく撫でる。
「これから宜しくね！」
　きゅう、と小さく鳴いて目を細める。――二人に向けたじっとりとした目がまるで嘘のようだ。
　しかし、ヴェスが立ち上がりレンガ達の方を見ると、またあの目で二人を見るのだ。
「よろしく」
　レンガもそう言ってくれた。良かった良かった、何とか一緒にやっていけそうで。
　ヴェスは、全く、気付かない。自身のエンブリオが二人に向ける目付きに。
「僕も新しい子を迎えたいところだけど、なかなかね」
　レンガの言葉に耳を傾ける。自分がこうして出逢えているのだから、彼に逢えない道理はない。素直にそう思い。
「このまま進んで、会えるといいけど」
「きっと会えるさ」
　ね！　と笑いかける。するとラウロとフローロもヴェスの真似をした。
「さて。――次は、アレ？」
　そんな微笑ましい光景を目に焼き付けてから、道の先、見えるアレらに目を細めて。
「……休暇中、みたいだね？」
『…………センス』
　ロークの声はかなり冷たい。
　が、アレを見たら誰だって、ああなるだろう。
「う、うん」
　魔杖を握る手に力を込めると、震える声で、
「とりあえず、吹っ飛ばしたらいいんだよね！？」
　と言い放った。コートの裾を掴んでいたカッパの目がギラリと光る。
『ころす』
　あからさまな殺意のこもった低い声は、ヴェスの耳には届かない。ヴェスの意識は明後日の方向――どうしたらアレらに可愛いエンブリオ達を近付けずに済むか――へと向いている。
「僕たちが進むのを邪魔するなら、うん。そうだね」
　　レンガがダガーナイフをくるりと回して、戦闘態勢をとった。
「よし。――初陣だよ、ヤード」
　カッパの名はいつの間にか決まったらしい。きゅ、と可愛らしく鳴いたカッパ――ヤードの目には殺意が光る。
「退いてもらおう、先へ進むために」

　雰囲気を訪ねられて、少し考える。記憶を、辿って。
　

　

　並べるのは、知人に向けるにしても容赦の無い言葉で、それが自分で分かっていても、どうしても他に形容する方法が見つからない。
　

自分の目的を考えれば、騒動や面倒事に巻き込まれることは好ましいことではある。
――それが、感情的にも好ましいかは別として。

小さな可愛いエンブリオたちにも、優しく挨拶をする。
ただ、少々恥ずかしげにしているフローロの様子を見て、ロークは出さない方がいいだろうと判断した。
その意図を汲んで、ロークはヴェスたちから見えないだろうところにそっと移動して息を潜めた。