放ったミサイルが、マキガイに突き刺さる。はた、と動かなくなったマキガイをみとめて、やっとそこで息をついた。

「……っはぁ、倒せたね」
「うん……！」

　浮かぶ笑みは爽やかなもの。何だかんだで、水辺での初勝利ということもあり、今までぼこぼこにされてきたストレスもしっかりぶつけて解消した。ぐっと腕を伸ばして、一息。
　ちら、と横目に見れば、ヴェスもまた、達成感に満ちた快活な笑みを浮かべていた。

「私は、攻撃、殆どしてないけど」

　舌を出して、悪戯の失敗した子供のようにヴェスは笑う。
　――大したことじゃない。彼女のサポートあってこそ、大きな怪我もなく無難に倒せたと思うから。

「終わりよければすべてよし、だよ」

　気にすることでもないから、安心して。そういった意味を込めて笑いかけてから、ぽんぽんと黒髪の頭を半ば撫でるように叩いた。
　手の置きやすい位置に彼女の頭があるからかつい撫でてしまうが、彼女は嫌じゃないだろうか。今のところ振り払われたりはしていない、けれど。

「――ありがとう」

　返ってきたのははにかみ、照れたように頬を染めた姿。拒絶されてはいないようだと、内心ほっと息をつく。
　――優しさのつもりで与えたものが、拒絶となって返ってくることは何よりも恐ろしい。……けれど、ままあること。悲しいことに。

「お陰で、かわいい子と契約も出来たし！」

　嬉しげなその声でふと我に返って、視線は彼女の足元に。つい先ほどまで敵として向かい合っていた小さなカッパが、彼女の長いコートの裾を掴んで佇んでいる。

「……あぁ、契約したんだ」

　ぽつり、呟く。傍から見たら同じ緑色で興味を持ったようにしか見えないだろうが、ほんの数分前まで戦っていた相手だ、信用できないと言わんばかりに僕にしかわからない不信感を垂れ流して、ロークがひゅると降りてカッパをじとりと睨む。
　カッパもまた、似たような視線でじとりと見つめ返している。

「うん！可愛かったから！」
「かわいい、……かわいいかな」

　ちょっとその感覚は僕にはわからない。
　……わからないが、ぱぁ、と明るい笑顔を浮かべたヴェスにそのツッコミは野暮だと口をつぐんだ。ヴェスが言うならかわいいんだろう。

「うん。ほら、だって見てよ」

　ヴェスがカッパをよく見せようとしたが、当のカッパがそれを拒んでコートに隠れた。コートの陰からこちらを見つめているのは、『見てんなよ』とでも言いたげな湿った視線。
　ただヴェスが笑顔を向ければ、その表情はうって変わって照れたようなものに。
　――――このカッパ。

「ね！！」
「……うん、そうだね」

　思ったことはしまいこんで、とりあえずヴェスの主張に同意しておく。彼女にとってのカッパがそうであるなら、その認識を改めさせる必要はない。僕がちょっと我慢すればいいだけの話。

『……れんが』
「ローク、黙ろうか」

　ひそ、と呟いたロークの言葉を、表情だけは笑んだままぴしゃりと断ち切る。言われた通り、ロークはぴたりと言葉を呑んだ。
　こちらのやりとりの意味をヴェスはわかっていない様子だったけれど、わからなくていい。彼女は、そのままで。

「これから宜しくね！」

　ヴェスが相手の時にだけ、カッパはきゅう、とかわいらしく返す。撫でられて気持ち良さげに目を細めていたが、ヴェスの視線が外れた途端またこちらをじと、と見る。

「よろしく」

　体裁だけは整えて、ふてぶてしいカッパにも一応きちんと挨拶をしておく。自分のエンブリオだったら腹立つことこの上ないが、彼だか彼女だか知らないあのエンブリオはヴェスのものであるし。

「僕も新しい子を迎えたいところだけど、なかなかね」

　「他人格」が宿る媒体となれそうなエンブリオは、なかなか見つからない。

「このまま進んで、会えるといいけど」
「きっと会えるさ」

　笑いかけられる。同じ仕草を、ラウロとフローロが真似をした。思わず、こちらの顔まで綻ぶ。

「さて。――次は、アレ？」

　道の先。半裸の男がふたりほど。……ええと、なんと表現すればいいんだろう。

「……休暇中、みたいだね？」

　やっと出てきたのはそんな言葉。それ以外に何を言えばいいかわからなかった。ツッコミどころは多々あるけれど、それを言葉にするのが難しい。

『…………センス』

　冷えた声音のロークの感想が、ぽろと零れた。ああ、一言で表すならばそれ、かもしれない。

「う、うん」

　ヴェスもまた困惑したように頷く。魔杖を握る手に、力がこもる。

「とりあえず、吹っ飛ばしたらいいんだよね！？」
『ころす』

　ヴェスの震える声とは対照的に、ぼそ、とカッパの低い声。ヴェスには聞こえなかったらしいが、こちらはしっかりと拾う。
　……あぁ、これなら任せて大丈夫そうだ。こちらへの敵意はともかく、契約者を守ろうとする意思は本物だ。

「僕たちが進むのを邪魔するなら、うん。そうだね」

　彼らに罪はないけれど、退いてもらおう。

　白と紅から眼を離して、コートに潜り込んだそれの方を見やる。喋れるはずなんだけどと呟けば、そんなことないと言わんばかりにもぞもぞと動いて、すぐに収まる。
　

　呆れたように息を吐く。取り直すように、視線を二色へと向けた。僅かに、首を傾けた。
　

立ち止まった相手へと軽く会釈を。
相手のエンブリオの様子から、少し驚かせてしまったかと内心思いつつ。
話を、と言われれば少しだけ戸惑ったように、はにかむように笑って。

どう説明していいものかわからず。
ごく当たり前の事を、穏やかな顔で表情で告げる。