「よう兄弟。調子はどうだい？」
「レジィか。すこぶる調子がいいぞ。
　今日も朝から太いやつをひねり出せた」
「ハハ、違ぇよ。
　アイツのことさ。
　俺らの秘蔵っこ様は、今日も元気に順調かい？」

問われた男――ダニーは、しかし問いかけには答えず、顎で目の前にあるモニターを指し示す。
そこには暗闇だけが映っているが、低い唸り声のような電子音がしているので付いていないわけではないらしい。
そして時折火花と銃声、それと何かが破裂する音が響いている。

「あのなぁ……
　見て判らんから聞いてるんだろ」
「判らんか？
　ご覧の通りさ」
「…………んー、目を凝らしても何も見えねえよ。
　それとも何か？
　あんたには見えているのか？」

聞かれ、男はフッと笑い、

「見えるかよ。首が180度回るってんなら別だけどな
　けど、あいつには見えているようだぜ？
　いや、『知ってる』のさ。
　どこから何が飛んできているのか、発射口も飛来物も何もかもな」

ヒュゥ、と口笛を吹いて、レジィもニヤリとした笑みを浮かべた。

「ハッ！相変わらずの規格外。
　我らがユキシロちゃんはさすがだな」

いつもの軽口。だが、ダニーは突然出てきた単語に、眉をひそめて尋ねる。

「……ん？
　"ユキシロ"ってのは何の話だ？」
「おっと、旦那は初聞きかい？
　しっかし旦那も昔は都市国家の方に住んでたんだろう？
　だったら、その名にも聞き覚えがあるんじゃないのかね」

意地の悪いガキのような笑みを浮かべるレジー。
小突いて吐かせようかとダニーは思ったが、"ユキシロ"という単語に記憶の糸を揺り動かされ、無意識に昔のことを思い返していた。

あの頃は、今よりも幾分平和な時代だった。
国はまだ戦争を初めておらず、国境沿いに軽度の諍いが発生しているだけで、外交も比較的良好な関係を築けていたはずだ。少なくとも、外見上は。
貿易は各国で行われており、様々な品目が世界共通となりえた。
あの時代はこれまでの歴史の中でも稀有であろう、数少ない穏やかな数年間だった。
……そうだ、各国で様々な品が行き交う中で、確かに"ユキシロ"という人物が登場する話があった。

「ユキシロといえば唯一無二、完全無欠の少年兵！
　旦那の頃はいざ知らず、俺らが子供の時分に、
　ユキシロに憧れなかったヤツなんていないくらいだったぜ！」
「ああ、そうだった。そんなお伽話もあったな……って、少年兵だと？」
「俺たちの時代では、だけどな。
　子供はみんな兵士を志すようにって改変されたんだ。
　その少し前は将校だったり海兵だったり、変わった所では農夫や義賊なんかの話もあるんだよな」
「へえ、そうなのか？
　詳しいじゃないか。
　俺たちの年代だと要人の護衛をしていたよ。
　……しっかし他愛無いガキの読み物にまで戦争の道具か。
　判っちゃいたが、それがまかり通ってるこの国は終わってるな」
「そうさ、終わってる。
　いや、だからこそ終わらせるのさ。
　俺達の"ユキシロ"が、英雄となってね」

どや顔でポーズを決めているレジィに、ダニーは深い溜息を吐きながら頭を叩く。

「はぁ……
　お前がアイツのことを頭のなかでなんて呼んでいようが勝手だがな。
　くれぐれもヤツの前で言うんじゃねーぞ。
　アイツの教育係は、ヤツだ。
　知っているだろう？
　クソくだらんことを言ってたら半殺し程度じゃ済まねぇぞ」

ドスの効いた声音で、胸に指を突きつけて警告する。
対してレジィはぽかんとした表情で

「いや、最初にユキシロって呼んでたのはその人ですよ」
「……なんだって？」

鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、今度はダニーがぽかんとする番だった。

「……ハン。
　どうやら焼きが回ったようだな。
　あぁ……だが、そうか。
　それならコイツのおかしな格好も得心がいく。
　アレもヤツの趣味ってことか。
　なるほど、なるほどね。まったくもって度し難い……」

コンコンとモニターを叩きながら、吐き捨てるようにして呟く。
と、それに合わせたかのように、モニターに変化が訪れる。
暗い室内はライトで照らされ、四角い部屋の中央には

自分の服装に目を落として。

そこまで言いかけて、慌てた様子で

一人の少女が、何か意味ありげな表情を浮かべたのち、意を決したようにいそいそと駆け寄ってきました。

こほん、と小さく咳払いをして、改めて向き直ります。

そう言って、にっこりと笑う。

そう言うと目を閉じ、早口に異国の歌のような言葉を唱え始め。

ふわ、と風が彼女の周りにまとわりついた。
大鍋が彼女の前に歩み出た。