【Side-C:3-2】
いつだって、転落するのは一瞬だ。
取り繕って、誤魔化して。
嘘で飾った音を、奏で続けて。
浴びるのは空虚な喝采。
瑕疵を論われる責苦。
けれどそれも、長くは続かなかった。
或るコンクールでのこと。部屋中に不可視の糸を張り巡らせたような。或いは、針の筵に立つような。少しでも身動ぎすれば、たちまち絡め取られてしまいそうな。串刺しになりそうな。そんな緊張感の張り詰める控え室で瞳を閉じて、ただじっと、出番が回ってくるのを座って待っていたのだけれど。
——ふと。息苦しさから、外の空気に触れたくなって、廊下へ出た。
何処かから大人たちの声が聞こえる。密やかに、けれど、隠しきれぬ焦燥を伴って。
漏れ聞こえてきたその内容は、どうやら。今日のこのコンクールへ出場する筈だった子どもがひとり、道中で事故に遭ったようだ、というもの。
ふうん、と思っただけだった。
災難ではあったろうが、他人の不幸など所詮はその程度。己に今からどれ程の演奏が出来るかの方が、余程身近で深刻な問題だった。
——欠場となった子どもの名が、耳に入るまでは。
それはよりによって、周囲の人間たちによって己と名を並べられ、好敵手だ何だと面白可笑しく騒ぎ立てられている相手であった。
実際、彼の技量は自身のそれと比肩するもので。同じコンクールに出場すれば、どちらが優位に立つかは、それこそ、その日のコンディションによって決するような状態で。
だから、そう——思わず、脳裏をよぎってしまった。
嗚呼。
・・・・・・・・・ ・・・
あの子がいないなら、今日は。
・・・ ・・・・・・・・・・・・
絶対に、僕がいちばんになれる筈だ。
思考の底に沈んだ、それを。
重く仄暗いその感覚を。
自覚したその瞬間に、込み上げたのはどうしようもない程の吐き気だった。
「————ッう、ぇ゛」
いけない。それは。それだけは。
その場に吐瀉物をぶち撒ける訳にもいかず、どうにか手洗い場へ駆け込んで。響くのは嗚咽と水音。おぞましき思考すら吐き出そうとするかのように。己の醜態を消し去ろうとするかのように。からっぽの胃が収縮し、せり上がる胃液が喉を灼き、溢れ、排水口へ落ちていく。荒く息を吐く音に、ステージから漏れ聞こえる微かな旋律が混じる。コンクールが始まったのだ。そう理解はしても、その場を離れることが出来なかった。
結局。控え室へ戻ったときには、出番も目前となっていた。ステージへ上がったことは覚えている。目眩のするような天井の高さ。気の遠くなるような照明の目映さ。頭から爪先まで隈なく這いずる値踏みするような視線。そこでどのような演奏をしたのかだけが、よく思い出せない。
それでも、目も当てられぬ有様であったのだろう。
その日の夜、一等酷い折檻を受けた。
ピアノを弾く為にステージへ上がることを許されたのは、それが最後だ。
——チリ、と。
右目に灼けつくような痛みが走る。
最初に此処へ来たときと、同じだと思った。
けれど、此処でこんなにも輪郭のはっきりした“痛み”を覚えるのは、随分と、久しぶりのような気がした。
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イザヤ 「痛…………」 |
首を傾げつつ、思わず目元へ手を伸ばしかけて、やめる。
今この状態では、眼球を潰しかねないと気付いたからだ。
代わりに、はたり、はたりと瞳を瞬く。
幾度か繰り返している内、やがて、痛みは霧散する。
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イザヤ 「…………、……?」 |
Count up -> Me // 【 1d10:[6] 】 +56/100
——其れは、契り結ぶものを逃さぬ為の目印。

[770 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[336 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[145 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[31 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
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白南海 「うんうん、順調じゃねーっすか。 あとやっぱうるせーのは居ねぇほうが断然いいっすね。」 |
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白南海 「いいから早くこれ終わって若に会いたいっすねぇまったく。 もう世界がどうなろうと一緒に歩んでいきやしょうワカァァ――」 |
カオリ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、橙色の着物の少女。
カグハと瓜二つの顔をしている。
カグハ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、桃色の着物の少女。
カオリと瓜二つの顔をしている。
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カグハ 「・・・わ、変なひとだ。」 |
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カオリ 「ちぃーっす!!」 |
チャット画面に映し出されるふたり。
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白南海 「――ん、んんッ・・・・・ ・・・なんすか。 お前らは・・・あぁ、梅楽園の団子むすめっこか。」 |
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カオリ 「チャットにいたからお邪魔してみようかなって!ごあいさつ!!」 |
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カグハ 「ちぃーっす。」 |
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白南海 「勝手に人の部屋に入るもんじゃねぇぞ、ガキンチョ。」 |
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カオリ 「勝手って、みんなに発信してるじゃんこのチャット。」 |
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カグハ 「・・・寂しがりや?」 |
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白南海 「・・・そ、操作ミスってたのか。クソ。・・・クソ。」 |
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白南海 「そういや、お前らは・・・・・ロストじゃねぇんよなぁ?」 |
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カグハ 「違うよー。」 |
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カオリ 「私はイバラシティ生まれのイバラシティ育ち!」 |
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白南海 「・・・・・は?なんだこっち側かよ。 だったらアンジニティ側に団子渡すなっての。イバラシティがどうなってもいいのか?」 |
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カオリ 「あ、・・・・・んー、・・・それがそれが。カグハちゃんは、アンジニティ側なの。」 |
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カグハ 「・・・・・」 |
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白南海 「なんだそりゃ。ガキのくせに、破滅願望でもあんのか?」 |
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カグハ 「・・・・・その・・・」 |
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カオリ 「うーあーやめやめ!帰ろうカグハちゃん!!」 |
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カオリ 「とにかく私たちは能力を使ってお団子を作ることにしたの! ロストのことは偶然そうなっただけだしっ!!」 |
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カグハ 「・・・カオリちゃん、やっぱり私――」 |
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カオリ 「そ、それじゃーね!バイビーン!!」 |
チャットから消えるふたり。
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白南海 「・・・・・ま、別にいいんすけどね。事情はそれぞれ、あるわな。」 |
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白南海 「でも何も、あんな子供を巻き込むことぁねぇだろ。なぁ主催者さんよ・・・」 |
チャットが閉じられる――