
掌を見る。
イノカク部の選抜戦あたりから、明らかに異能を扱うという事がわかってきた気がする。自分の思いを強く持てば、異能もそれに応えてくれる。
その言葉を聞いてから、自分はまだこの力とちゃんと向き合ってない気がしたから、恥ずかしいと思っていたその名前を呼ぶようになった。
戦う時には、力を貸して欲しいと思うようになった。
そうしたら、力は、本当に応えてくれた気がした。
炎が生きているかのように、手に馴染む。
これならきっと、もう、誰かを傷つけることはない。
あの、植物園で見た景色は単なる夢なのだ。
『俺は、もっと、強くなる』
―――
――
―
一時間に一度を繰り返す事、六回目。どんな事でも回数をこなせば慣れてくるものだ、なんてどうでもいい感想を持ちながらフェデルタは細く息を吐いた。最初は、吉野俊彦と自分を頻繁に混同していた。その次は、自分が吉野俊彦ではない事にひどく申し訳なさを感じた。
(今は……)
大丈夫だ。本を開く程でもなく、自分は吉野俊彦ではない事と、そして彼で無い事に対する罪悪感は無い。そして、どうやら自分が彼の中で全く消えていないだろうことを感じた。"炎命の士"と名付けられた異能。そもそも、炎を操る力だと吉野俊彦は思わされているのだろう。その炎が自分自身などと、気付くはずも無い。異能という枠に収めて、名前を付けて閉じ込めているのだ。
けれども、彼がその異能に向き合い、力を求めれば自らの力なのだから応えるのは当然だ。
(……もしかしたら、辿り着くのかもな)
強さを、力をまっすぐに求める彼の周りには支え剥げます友や、暖かい家族がいる。それは、フェデルタには全く無かったものだ。だからこそ、彼がこの先をどう進むのかは予想出来ない。
フェデルタには、吉野俊彦の記憶が流れる度に、ぼんやりと感じていたことがある。それは、回数を重ねるごとにどんどんとはっきりした感情としての形を作り上げてきた。
そして、今完全にそれを理解した。
吉野俊彦という存在は、答え合わせなのだ。
今までの、生きていた頃か死んだ先まで、フェデルタ・アートルムが進んできた道への答え合わせ。
正解を積み重ねた吉野俊彦はどんどんと成長していく。
記憶が流れてくる度に前に進んでいく姿に、フェデルタはとっくの昔に置いていかれていた
「……くそ」
唐突に、軽く頭を横に振ってフェデルタは悪態吐く。ふと浮かび上がった植物園の記憶。フェデルタの中にこびりついている炎の記憶が、ご丁寧に吉野俊彦の家族に置き換わり再現されていた。怪しげな霧に見せられた、絶望の幻。
恐らく一緒にいた兄――スズヒコも、嫌なものを見せられたのだろう。冷たく睨み付けるあの瞳はまさに今、スズヒコが自分によく見せてくるものだった。
そして、それでもなお兄を求める吉野俊彦もまた、自分と大いに重なっている。情けなく独りよがりで利己的で相手の事など考えていない、自分ばかりの思考。
それは、普段の吉野俊彦からは考えられないものだった。
「……」
本を取り出し、何かを書こうとしたが頭の中がぐちゃぐちゃでまとめるための言葉も出てこなかった。
チェックポイントまで、特に遮る物もない平坦な道。相変わらず、同行者達との距離広い。敵と対応する時だけの関係だ。
それは、迦楼羅とグノウの主従とだけでなく、スズヒコとも。
(俺は、何をすれば、いいんだろう)
スズヒコに責め立てられてから、ずっとそんな考えばかりがぐるぐると頭を駆け巡り大した答えも無いまま消えていく。
(……あいつは)
吉野俊彦は、どうしてただろうか。
彼は、ずっと強いと思っていた友人の弱さを見付けた時、それを受け入れ、寄り添うことをした。
(俺は、)
スズヒコが強いと信じこんで、彼の弱さを知ろうともしなかった。弱い彼を違うと否定していた。勝手に自分の理想を押し付けていた。
「……」
本当は、あの人にだって弱さがあって、今彼をそうさせているのは強さ故ではなく、弱さ故なのではないのだろうか。
イバラシティでの仮初の人格がなければ、こんな答えにはたどり着けなかっただろう。
フェデルタは、掌をじっと見つめ。代わり映えのない自分の掌の先にいる、イバラシティの自分を見る。
吉野俊彦という存在は、答え合わせなのだ。
答えがあるなら、利用するまでだ。ずるい大人は、もう形振りなんて構っていられない。
(……いや)
彼の言葉を使うなら、その答えを借りる、という事になるのかもしれない。
ずるくて弱い大人は、到底、一人では立ち上がれないから。