※※ 注意 ※※
『コワイ話』です。胸の悪くなる描写があります。全体的にこのページの文章類は、あまり読まない方が良いです。
『DoRa・SiRa』
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百物語 6話『雷尾』
『雷尾』イバラシティサイド
五月女というのは名家の筋で、なんでも華族の末裔だと、自分たちではそう言っていた。
五月女家には3人の娘がいた。上の二人は家名に恥じぬ才女であったが、
末の娘だけは、まるで不出来だった。何をやらせても一角の所まで行かず、その上に、大層わがままな娘だった。
それだから、呆れた両親も末娘だけははやくに
遠くの学校に預けてしまって、家に帰そうとはしなかったのだった。
城のような家に特上の家具、毎週の宴、五月女の家が裕福である事に疑問を持つ者はいなかった
だが、実情はというと少し妖しく霞んでいる。
父親の他にはこの家がなにをして財を手に入れているか、知る者はいなかったのだ。
末娘が16になる夜、女学院の宿舎の戸を叩くものがあった。
「お嬢様。
お嬢様。五月女の家が大変なことになってしまいました。」
末娘は、来訪者の顔に覚えがあった。姉たちの家庭教師だった人だ。
「あなたのお父さんは、雷尾との約束を破ったんだ。」
―― それはなに?父の取引先の方?
末娘の言葉を聞かずに、女は「あなたも五月女の娘だから、たたられる」
そう言い捨てて闇夜に走り去っていったのだった。
闇に風が強く吹き、木々をしならせる。
末娘は、夜冷えの中を校舎へ駆けた。
校舎裏の百葉箱。そこには『百葉箱のしぃらさん』という怪異がいて、時と次第では、子供を守ってくれると伝え聞いていた。
彼女は確かに存在していて、こっくりさんのような呪文に応じて
きまぐれに姿をあらわす。末娘はその怪談を知っていた。かくして、少女のおばけは姿を現しけらけらと笑いだした。
『雷尾というのは、ある化け物の親分ね。わたしとおなじ、怪異の類よ。貸し借りにうるさいの』
「化け物?そんな。
あの家は、五月女は私を邪魔にしたのよ。私の味方でなんかなかったのに。
それなのに、今になって巻き込まれるなんてごめんだわ!」
『もうすぐ嵐がやって来る。』
なるほど風が一層強まり、西の空では不気味な暗雲が、生物のように膨らんで迫っていた。
末娘はこきざみに震えて、しぃらさんに手を合わせる。
「何か助かる方法を教えて頂戴」
『そうね、それじゃ助けてあげましょ。
…
とっても簡単な事よ。
お部屋のクローゼットに隠れて、雷が鳴っている間は外へ出てはいけない。
嵐の夜が明けるまで隠れ続けること。
この約束だけ守ってちょうだい』
嵐だ。
末娘は風に飛ばされそうになりながら急いで部屋に戻る。
服が入ったままのクローゼットの中へ飛び込んで扉を閉めた。
道中振り出した大粒の雨に濡れて、じっとりと肌に張り付いたナイトドレスごしに、ぎゅっと体をちぢこめる。
外では間も無く雷が鳴り始めた。
ガシャン、バリ、バリ、今まで生きてきて耳にしたことの無い、大きな雷。
ゴロゴロ、バリバリ、空気を切り割いくようなおおきな大きな雷。
余りに近くにおちたためか、雷が落ちるたびにビリビリと家具が、地面が振動する。
クローゼットが震えるたび、末娘は怯えてただギュッと手をついて、
『おさまれおさまれ』と祈るばかりだった。
けれど、待てども待てども雷は鳴りやまず、
それが1時間も立てば、末娘は息の苦しさを覚えた。
―― もしかして、酸素が足りない?酸欠になりかけている?
このままこうしていたら、雷じゃあなくて、窒息して死んでしまうのでは。
不安に駆られて戸を少し開けようかと思った。
…だがその手を止めた。深呼吸して、また耐える。
五月女家への恨みと、神様への祈りを反復する。クローゼットからでさえしなければ。
息が苦しくなり、息が荒くなる。
それだけじゃない。気が付けば、汗が滝のように流れていた。
雨に濡れていたから、それかと思った。けれど生ぬるい水滴は塩の味をして、体からわき続ける。
暑い。とても暑いのだ。
―― もしかして、もしかして火事になったるんじゃ?雷はこの寮におちて、私は火に巻かれているんじゃ…
そう頭に思い描くと、末娘はたまらなく怖くなって、とうとうクローゼットの扉をこわごわ、そっと押した。
すると ――扉は、びくともしなかった。
開かない。扉があかない、もうそっとではなく、強く押した。
背側に手をついて、足でこじ開けるようにした。ダンダンと蹴りつける。
それでも扉は開かなかった。ゼイゼイと重く、息が荒くなっていく。
恐怖が満ちて、気が遠くなっていく。
『起きて。目を覚まして』
その次は、五月女の末娘は、眠りから目を覚ました。
「その声は、しぃらさん?
私、どうなったの…!火事が。雷が落ちて、外は火事なんでしょう?
息が出来なくて。それに、開かないの、私は…」
『扉があかないなんて、それはわたしが押さえてあげているだけよ。
出てはいけないって言ったでしょう。』
「それならそうといいなさいよ!
どれほど恐ろしかったか…」
『あら、知らなかった雷がうるさくて聞き取れなかったのじゃないかしら。』
末娘は怒り心頭に息を吐いて、ふと、扉の隙間から光が差し込んでいることに気付いた。
夜は明けたのだ。
「もういいから、扉を開けて」
『もういいなら、どうぞ』
バタン!勢いよく扉を開いて、末娘が部屋に転がり出る。
強い光に目が焼かれる。その眩しさの中で、
“しぃらさん”がニヤニヤ、面白いものを見るように笑っている顔が見えた。
末娘は息を詰まらせ、目を光にならそうとこじ開けた。
眩しさに適応する――必要もなく、光に包まれていた部屋が、静かに暗闇を取り戻す。
―― そんな。夜明けじゃなくて、雷光‥ねえ!私、どうなるの?
ほんのりと、“しぃらさん”が口を開くのが見えた。
けれど、バン、ゴロゴロ、続いて届く雷鳴にかき消されて、声はもう末娘に聞こえなかった。
『雷尾』アンジニティサイド
年の暮れに、西果ての魔導実験場に大きな雷が落ちて、何もかも灰になった。
それも春頃になると、悲劇の色は晴れてしまった。
哀悼褪せて、最初の盗掘者が現れたのだ。
ダルゲリオは決して悪人ではなったが、
身ごもったばかりの嫁に満足なくらしをさせようと思えば
悪にでも鬼にでもなってしまいたかった。
はじめにだれかが盗みに入ったと聞くと、
どうしても、早い者勝ちだという気持ちを起こしたのだ。
かくしてダルゲリオ、この男は粉々の瓦礫を踏みしめて、
なにか使えるものはないかと実験場跡地を散策し始めた。金目の物、金目の物。
ふと目に留まったのは、差し込む薄明かりを受けてきらめく
不思議な彫刻のされたアミュレットだった。きれいな石がはまっている。
男は何気なくそれを腕に巻いてみて、チャラチャラと一度揺らした。
高級な金属の響き。これはきっと平時なら近寄りもできない高価な魔道具に違いないと思って、そいつを懐に入れた。
男は一度アミュレットを家に持って帰り、愛妻の腕に巻いてやった。
妻は喜んで、そんな表情を見ると、男は自分の罪がむくわれるように感じた。
あたたかく、束の間のやすらぎの夕食だった。
男は自分を納得させようとの自問自答をして、夜遅くまで眠れなかった。
枕元で、ランプの光を受けてアミュレットはきらきらときらめいた。
翌日朝早く、男はアミュレットを鑑定のために質屋に持ち込んだ。
夕方に値段を聞きに来ると約束して、仕事へ出た。
だが、時刻を待たずして、その日その店が火事になった。
炎に巻かれて店主の生死も解らず、さわぎの中、男は、すすけたアミュレットを拾い上げる。
恐ろしい偶然もあるものだと思っていた。
不吉な気持ちも頭をもたげなくはないのだが、
演技が悪いには違いない。二束三文でも売り払ってしまいたいと思ったのだった。
そこで男はそのまま市場へ行って、行商人に言い値で買い取らせた。
その晩だ。また、火がおきた。
いや、今度は雷が人におちたのだ。
それどころか、質屋の出火元っていうのも、雷が落ちてきたのだという。
このような不幸が続けざまに起きれば、
男もさすがに思ったのだった。あのアミュレットが雷を呼んでいるんだと。
ところが男の罪とはこれからだった。
男は、誰にもそれを言い出さなかった。
なぜって?
盗んだ品だからだ。
それに、自分が盗んだ品のせいで二人も人が死んだなら、
このすべての罪をどうすればいいのだ。身重の妻もいるというのに、誰にも言わなければわからないことじゃないか。
男は雷が落ちたという場所へ急いでいって、
そして松明にきらきらときらめく、アミュレットを見つけた。
そして怖さのあまりに、アミュレットを用水路に投げ入れて証拠隠滅をした。
…
3日ほどたって、男を尋ねるものがあった。それは1人の魔女だった。
『アミュレットを持ち出したのは、ウワサによるとあなたね。返していただきたいの』
「そんなものはしらない。」
『知っているのよ。あのアミュレット自体に、持ち主が刻まれるのだから。
身に着けた人を順番に上書きしていくの。だけど持ち主が死ぬと、
繰り上がってそのひとつ前の持ち主の元へ所有権が帰るのよ』
男は、観念して大いに頭を下げた。
ロック鳥もかくやという大声で謝り倒し、もう用水路に捨ててしまったと白状した。
『それではいけない。探してきてちょうだい』
「もう見つかりはしないです。流れて行ってしまったはずです」
『少しでも申し訳ないと思っているなら、返してちょうだい。
あれは、捨てられたのでも忘れ去られたのでもない。あそこにおいておいたのよ。
雷を産む魔道具なの。でも失敗作。持ち主に雷をおとすものだから、封印していたようなものよ。』
男は言いなりになって、町へ降りて行って
人目もはばからず用水路、下水道あみでざぶざぶとサラって探して回った。
しかし、何も見つからない。
見つからない。陽が落ちて、地平がほの明るく燃えていた。
青ざめて肩を落とし、重たい足取りで家へと戻れば、
遠く、ぽつりと我が家は明るく燃えていた。
男は妻の名を叫び、家へと駆けた。
そうだ!あの晩妻が一度あのアミュレットを身に着けたのだ。
「そんな」「そんなことって」、顔をくしゃくしゃにして追いすがるように野原を駆ける、
男の上に雷が落ちた。
身に着けた人を順番に上書きしていくの。
だけど持ち主が死ぬと、繰り上がってそのひとつ前の持ち主の元へ所有権が帰るのよ。