
ぼくは両親の役に立てなかった。期待に応えられなかった。
いらない子だから捨てられて当然だ。
だから、お父さんもお母さんも悪くない。
悪いのはいつだって、ぼくひとりなんだ。
***
斑目水緒(まだらめ みずお)の異能が発現したのは4歳の時だった。
浜辺で遊んでいた水緒は、母親が一瞬目を離した隙に、波打ち際に落ちていた美しい青色の物体に目を奪われた。
子供らしい無垢で無知な好奇心故、彼は躊躇いなくそれに近付き、触れてしまった。
それが美しくも悪名高い有毒生物、カツオノエボシだということも知らずに。
カツオノエボシは例え打ち上げられた死骸であっても触れてはならない。
刺激に反応して刺胞が飛び出し、刺されることがあるからだ。
通常カツオノエボシに刺されると、傷口は赤く腫れ、電気ショックを受けたような鋭い痛みが長く続く。しかし、水緒の腕には何ヵ所かの刺し傷があるにも関わらず、腫れた様子が一切なかった。突然刺された驚きでわんわんと泣いていた水緒は、病院で処置が終わる頃にはけろりとしていた。
新薬の研究開発を仕事としていた父親は、事の顛末を聞いてこう考えた。
息子には、毒を無効化する異能が備わっている。
それは恐らく、体内に入った毒に対抗する物質を生成する異能であると。
斑目水緒の両親は共に、特定の種類の化学物質を生成する異能を持つ人間だった。故に、自分達の息子もまた"そう"であると、そう信じて疑わなかった。
それから、父親の研究所で検査を受けさせられた。
カツオノエボシの毒を投与して、血液の成分の変化を調べる検査だった。
異能によって作られた物質が何なのか。
もしもそれが未知の物質だったとしたら、それを新薬開発に転用できないか。彼の両親はそう考えたのだ。
しかし、何度か検査を行っても、水緒の体から新薬に使えそうな物質は出てこなかった。
検査方法が悪いのか。
カツオノエボシではなく、フグやイモガイなら。
それでも駄目なら、他の生物毒は。 あるいは、人工毒は。
水緒に対する検査はいつしか、実験になっていた。
毒を投与するにも血液を調べるにも注射が必要で、水緒は注射針が大嫌いになった。
土日はほとんど検査の予定で埋まり、友人はおろか両親と遊びに行くこともできなかった。
検査結果に影響が出ないように、食事も決められたものしか食べてはいけなかった。
痣のようになった注射の痕を気味悪がられて、夏でも長袖を着るようになった。
検査のことは口外してはいけないと言われていたので、あまり人と話さなくなった。
所謂生物毒でないものには異能が発動しないのか、シアン化合物を投与された時は普通に死にかけた。
小学校に上がる頃には、髪は真っ白になっていた。
それでも両親の期待に応えたくて、水緒はずっと我慢をした。
何度、どんな毒を試しても、両親の望む結果は出てこなかった。
父親が水緒を見る目は次第に冷たいものになった。
母親は検査の度に水緒を励ましたが、結果を見るといつも悲しそうな顔をした。
そうして、小学校を卒業する年。
ようやくひとつの、決定的な結果が出た。
水緒の血液から、微量の毒素が検出された。
本人に中毒症状が出たわけではない。ただ、その血はある時点から、僅かな毒性を帯びていた。
そこで初めて、血液以外の検査が行われた。
明らかになったのは、水緒の体は今まで投与された毒素を少しずつ蓄積しているということ。
汗や涙、唾液にもごく僅かな毒性が認められた。
今はまだ人に害を与えるほどの量ではないが、これ以上続ければいずれは触れるだけで周囲の人間を害するようになるかもしれない。そして、何よりも。
息子の異能は、新薬開発に役立つようなものではなかった。
両親の落胆は大きく、水緒に家での居場所はなくなった。
程なくして、水緒は遠縁の親戚に預けられた。
以来数十年、両親とは数えるほどしか顔を合わせる機会はなかった。
***
ごめんなさい。
やくにたてなくてごめんなさい。
きたいにこたえられなくてごめんなさい。
でも、がんばるから。
もっともっとがんばるから。
いたいのもさみしいのも、ぼくがまんできるから。
だから、おとうさんおかあさん。
ぼくを、
斑目 水緒
生物毒を無効化する異能を持つ少年。
両親は薬学系の研究者だった。