
一本線の轍が地面をなぞっていく。
アスファルトが敷き詰められていたはずの道路は、
すっかり地面が剥き出しになっている。
ハザマの世界。
ボロボロになっているだけで、イバラシティとほぼ変わらない場所。
でも、ここにはイバラシティにある閉塞感は何一つなかった。
それに、
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--- 「千晴」 |
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--- 「千晴、大丈夫か?疲れてないか」 |
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千晴 「ううん、大丈夫だよお兄ちゃん。 お兄ちゃんこそ、大丈夫なの」 |
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”お兄ちゃん” 「千晴が元気なら俺も平気だよ。 心配しなくていいからな」 |
……お兄ちゃんが隣にいる。
”お兄ちゃん“
雲谷 煙次。
創峰大学の学生、20歳。第一学部社会学主専攻。
身長188cmの長身の男。
お兄ちゃんは優しい。
お兄ちゃんはいつも心配してくれる。
イバラシティではちょっと離れているけど、ここではずっと一緒にいられる。
イバラシティと、別の世界の人が争っているらしい。
でも、どっちが勝つかなんて、どうだっていい。
私の側にお兄ちゃんがいれば、どこだっていい。
でも……お兄ちゃんを知らないのは、
とても可哀相だ。
――この世界には、たくさんの人や、そうでないものがいる。
知らない人もいるかもしれない。可哀相だ。
その人たちにお兄ちゃんを教えてあげよう。
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”お兄ちゃん” 「そうすれば、皆が俺を認めてくれる。 ……そうなんだろ、千晴?」 |
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千晴 「うん、そうだよ。 お兄ちゃんがいる事を、もっと皆に教えてあげなきゃ」 |
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”お兄ちゃん” 「ああ、千晴。 お前の好きなようにやるといいよ。 俺も妹の為に頑張るからさ」 |
お兄ちゃんは優しい。
お兄ちゃんはいつも千晴を応援してくれる。
イバラシティでは携帯越しでも、ここでは直接声が届く。
温もりだってある。
ふと、視界に何かが横切った。
生き物なら何だって良い。
言葉が通じるならなおのこと善い。
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千晴 「ねえ、そこの貴方」 |
お兄ちゃんはここにいる。
ねえ、そうでしょう?
偶然横切ったそれにとって、
一体全体何が起こったのかわからなかったであろう。
問いかけてきたのはイバラシティの住人であろう少女。
後ろには全身黒い装いをした長身の青年が佇んでいた。
少女の威圧的な問いかけに対して、それがたった一言声をあげた瞬間。
少女と背後の男は、それの全身を、喉を。腹を。頭を。脚を。
余すこと無く刺し貫いたのだ。
少女と男が腕に持ち、今まさに使われたものは、一見すれば細長い槍のようだった。
光を吸い込むようなほど黒く、細長く、縦横無尽に枝分かれをしている。
棘を全身に突き刺したそれを、少女は満面の笑みを浮かべながら見ていた。
この場ではあまりにも不釣り合いで、不自然な光景。
訳がわからず、ただただ恐怖に打ち震えるそれを、
少女は路傍の石のように蹴り飛ばした。
「……お兄ちゃんはいる」
そして、再び棘を穿ち突き刺し貫いた。
「いるのよ」
棘を動かすたび、それの血はまるで紅い薔薇の花弁のように飛び散っていく。
やがて交われば、花弁は華になり、そして紅い川になる。
「お兄ちゃんがいないなんて、言わせない」
ぐにゃりと項垂れた肉塊が、
残された魂の存在を主張する哀れな断末魔を叫んだ。
だが欠片とない魂に何が出来るはずもない。
「――誰にも言わせないわ」
全身から引き抜かれた棘にそのまま引きずられ、
赤黒く濡れた地面に、叩きつけられる。
それは……生物であっただろうものは、まもなく息果てた。
「ハハッ……ハハハハッ……!!!」
狂乱の最中、少女は高らかに咆えた。
両手を挙げる彼女の背後に、禍々しく光る太陽が煌めく。
その陽の光もまた、穿ち貫いていた棘の槍と同じように黒く、輝いていた。
雲谷 千晴
熾盛天晴学園に通う、高校1年生。
彼女の持つ異能は、【黒い太陽】(ソル・ニゲル)と呼ばれていた。