
■*19XX年 少女*■
彼と、連絡が一切取れなくなった。
連絡をしようにも、あちらは一切を断とうとしているようで。
電話に出ない。RINEに出ない。
家にもいない。
――――この間、彼が行きそうな場所へと足を運んだ時、やっと見つけて。
「……ぁ、」
声をかけようと、駆け寄ろうとして。
「――――!」
男は少女を一度視界に入れると表情を歪ませ、踵を返して何処かへ走り去っていってしまった。
予想はしていた。想像はしていた。
けれども、と反する気持ちがあって、怖くともこうして、連絡が取れなくなった真意を探ろうとした。
もしかしたら、単純に家の都合があったのかもしれない。
体調を、崩していたのかもしれない。
どうしようもない理由で、連絡がつかなかったのかもしれない。
だが、男は逃げた。
駆け出していた足は止まり、その場にぺたりと崩れてしまう。
目が合った。
表情が変わった。
此方を見た眼は、……いつも、少女を見ている色ではなかった。
「ッ……っ……ぅえ……」
嗚咽と、吐き気。
――――恋人は頼りにできない事を、少女は理解する。
■*19XX年 『 』*■
あたたかい。
心地が良い。
意識なんて、ましてや自我など芽生えるはずもないまだ小さすぎる命は、それでもその場所の心地良さは魂の奥底で理解していた。
柔らかくて、温かくて、あぁ、だけど。
聞こえてくるのはすすり泣く悲し気な声ばかり。
本来ならばきっと、祝福を得て生まれ出てくる筈の命は。
この小さな命は。
決して望まれたものではなかった。
受け入れられたものではなかった。
母の水の中で、ゆらり、ゆらりと命は育つ。
外で起きている事など何も知らずに、ゆっくりと育まれていく。
母からも、父からも望まれずに。
――――
どんっ
ぷかぷかと水の中で微睡んでいたある日。
強い衝撃が、命を襲った。
どんッ
どんっ
どっ
何度も。
ドっ……
何度も。
どんっ …
何度も。
命のオトは小さくなる。
外からの衝撃が伝わる度に、少しずつ、少しずつ。
母が呻く声が聞こえる。
何かを言っている。
衝撃に合わせて、衝撃の後も。
命はまだ、言葉の意味を理解しない。
衝撃も、音も、言葉も、声も。
理解できるようになるために、”生まれる”事さえできていない。
……命のオトは弱くなる。
弱くなる。
弱くなる。
よ わく な る
ょ …く …… る
『 … 』
”はじまり”は、そうして無に帰した。
【門番の子】
時計は回る。
時は廻る。
どんな生き物にも平等に。
過不足なく、等しく与えられるもの。
だから、その世界の”子”が、それに逆らう事は許されない。
それを奪う事は許されない。
――――奪われてはいけなかった。
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白いフードと、白い面を被った小柄な人影がゆっくりと歩いている。
盗られたものをとり返すために、それは此処へ足を付けた。
ちゃり、り、と細い鎖が擦れ合う音が歩を進める度に響く。
あちらこちらで響く戦いの音。
近くで聞こえるそれらに、その場に目もくれずそれは歩いている。
仮面の下の表情を伺い知る事は、できない。
ただ、
「……――」
どこぞの言葉で発せられた音は、”街”で得た感情と共に誰かを小さく呼ぶようなそれだった。
無感情な状態で堕とされた筈の【 】の”子”は。
目的と、街で過ごす少年の感情と植え付けられた記憶で揺れ動いている――――