
落としものを拾った。
平べったい、丸い形のペンダントトップ。紐の代わりに布の切れ端が結ばれている。
行動を共にしていた面々が去っていった後の地面にぽつんと転がっていた。
拾い上げて、ひとまずスカートのポケットに滑り込ませる。確認するのは後からでいい。
今は、先ほどまで戦っていた相手が回復しないうちにその場を去る必要があった。
なにせこちらはみんなどこかへ行ってしまって、ろくに戦えない女がひとりきりなのだ。
スニーカーの紐がきちんと結んであるのを確認し、凶器を手放さないようにしっかりと握りしめて走り出す。
さて、どの辺りまで向かえば会えるだろうか。
しばらく走ってから、もう大丈夫だろうと早足で歩く程度まで歩調を緩める。
ポケットに手を入れて、誰かの落としものを取り出す。側面に、蝶番。ロケットだと気がついた。
金具に指をかけて、少し迷ったのちに押し込むとパチン、とあっさり開いた。
 |
「…………」 |
数秒、中身を眺めてすぐに閉じた。
それからまた少し歩いて、目についた建物に入る。足元からパキパキと、ガラスが割れる音がした。
荒れ果てているが、一戸建ての民家が元になっているらしい。日用品なんかは置いてあるんだろうか、と考えながら手近な扉に手をかける。
欲しいものがふたつほどあった。
――あの人たちと一緒に行くと決めて、着いていくことにしてからも、あまり話はしなかった。知りたいとも、知ってほしいとも思わなかったから。
だから、あの人たちがどんなふうに生きて死んでいったのか、ほとんどを知らない。
……どうしても、見た目や交わした言葉から、少しづつ分かってしまうことはあるけれど。
 |
(たぶん、『こっち』は……すぐ見つかるはず) |
欲しかったもののうちひとつが、引き出しに入っているのを見つけた。
触るときっとすぐに汚してしまうので、場所だけを覚えてもうひとつを探しに戻る。
……たとえば、雛菊さんは、たぶんあの男の子も、随分昔の時代の人らしいこと。
高国くんは船乗りだったということ。
あの男の子はどうやらどこかの神さまらしいということ。
雛菊さんは私よりも年下なこと。
高国くんとレスターくんと雛菊さんは、水の中で死んだこと。
あの男の子は大きくなる前……たぶん生まれる前か、生まれてすぐに死んでしまったこと。
――それから、誰も、死にたくなんてなかったこと。まだ生きていたかったこと。
 |
(『あれ』……ここにはない、かな) |
今しがた出てきたばかりの部屋の扉を閉め、ため息を吐く。
あと一部屋で、この家の全部を見てまわったことになる。……それで見つからなかったら、諦めて外に出よう。
――あの人たちについて、勝手に知ってしまったこともある。
たとえば、大切な人がいたのであろうこと、とか。
……本当は、このロケットが誰のものかなんて分かっていた。結ばれていた布の色に、既視感があったから。
おそらく彼のものだろうと察しがついていながら、開いた。
 |
(…………あった) |
探していたものが、棚に置かれていた。
それを手に取る前にポケットからロケットを取り出す。布切れを外して、代わりに見つけたそれを取りつける。おそらく長さもこのくらいで足りているだろう。
ようやくペンダントの形になった落としものを持って踵を返し、さっき見つけた引き出しのある部屋へ向かう。
もう、考えごとをする暇はなかった。
 |
(もらっていくね) |
引き出しを開け、中から目当てのもの――ハンカチを一枚、取り出す。
土や血で汚れてしまった落としものをそれで拭って、まだ汚れていない面が表になるように畳みなおしたハンカチで包んで、スカートのポケットに押し込んだ。
お邪魔しました。
建物を出て、目的地へ向かってまた走る。
あの人たちと会える、だいたいの場所はすでに分かっていた。
 |
(……そんなに呼ばなくっても、聞こえてるよ) |
……あの人たちの中に、遺体を見つけてもらえた人はいるだろうか。
家族のところにかえることができた人は。
お葬式をあげてもらった人は。
そのとき、棺桶の蓋を開けることができた人は。
身体が焼かれて小さな壺に納まるまでを見届けた人は。
自分の死が活字になったのを、見た人は他にいるんだろうか。