『DoRa・SiRa』
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怪談・百物語 2話『霊聴』
『霊聴』イバラシティサイド
『対象愛喪失』っていってな、鳴子の心の状態は、よくあることだし
それは死んだ鈴子のわるさでもあるんだ。
鳴子は部屋の隅のこで背を丸め、
指をせわしなく繰って、壁に向かってぼそぼそと言葉を発していた。
鳴子というのはこの家の末娘で、去年までは双子であった。
鳴子 鳴子
またあやとりしてるのかい
―― うん
うん…
鳴子 前にほしがっていた色塗りの絵本だよ。
あそびなさい
―― ありがとう
一家(いっか)は、かわいそうに、鳴子より10秒先に生まれた双子の姉
名前を鈴子、これを亡くした。
鳴子が“あやとり”をするのを見かけるようになったのは、鈴子の一回忌の時が最初だ。
式場の隅で丸まる背中を見ておや、と思ったのがはじまりで、
一人ぼっちで手遊びするのすがたは、とてもさみしそうに見えた。
夫妻はさみしいならばと彼女に犬を貰いあたえたが、
鳴子はふさぎ込んで見え、犬とも、他の友達ともよく遊ばなくなった。
それに、次第に鳴子はあやとりをしながら言葉を話すようになった。
それだから、夫妻は鳴子には幽霊が見えているのではないかと思い始めた。
鈴子の霊がいるならば、どのようなことを話すものだろうかと、
会話に耳をそばだてる。その内容は、こんなような事だ。
「ぎしかてこうせいはろんかなぬす」
「こうてきしがきりくつびより」
と、まあ言葉にならぬ言葉で話しているので、父親は恐ろしくなって
ひっそりと鳴子が風呂に入っている内に持ち物を触って見ることにした。
日記帳やなにかから、呪文めいた暗号の理由でも、ほっとさせるような情報が見つかると思った。
だがその真逆の事が起こった。何か見つかるのではなく、見つからなかったのだ、
家中どこを探してもあやとりの紐がないのだった。
鳴子を風呂に入れていた妻に聞いても、風呂場にあやとりの糸は持ち込んでいないという。
どうにも気味の悪いことに、次の日には鳴子は部屋の隅であやとりをしていたのだった。
のぞきこめば、紐もないのにあやとりのように指先を動かしている。
この翌朝、具のない味噌汁が食卓に並べられた。
アサリが夜のうちに全滅して、閉じたまま砂を履かなかったのだ、と
母親が暗い顔をして言ったのが皮きりだ。
これを皮切りに、一家では奇妙なことがおきた。
扉を開いていると、吸い寄せられるように閉まることがしばしば、
夜中にぱらぱらと米を床にまくような音を聞くが、しばしば。
買って来たばかりの卵のすべての黄味が破れてなかでぐちゃぐちゃになっていた時、母は背筋が寒くなった。
鳴子はいつも紐のないあやとりをしている。
ある日、彼女の祖母がこの家を訪れ、こう持ち掛けた。
鳴子、教えてはくれないかね。
おまえがいつもあそんでいるあやとりは、私にも遊べるのかね。
―― お祖母ちゃん、一緒にしたい?
したい。どうすればいい
―― それなら、しましょう。でもお祖母ちゃん、ぜったいにまちがえないでね。
ああ、わかったよ。
鳴子は器用に緒のないあやとりをはじめて、
それはみるみる、田の形をとった。らしい。
そして祖母に指をさしいれすくいあげるようにと促す。
それはダイヤの形にめがけて、六芒星の形をとる。
あつい!
祖母は急に、指の先を擦ったような熱さを感じて反射的に手を引っ込めた。
中断されたあやとりの形は、ほどけてただの輪になる。
ふと見ると、鳴子はとても子供とは思えないほどに
憎悪に満ちて顔をゆがめ、唇をするどく噛んで祖母を睨んでいた。
奇妙なことに、今は2人の間には真っ黒なより紐が落ちていた。
まるで生きているかのようにしっとりと濡れたその紐は、
よく見れば人の髪の毛だった。
そしてそれはやはり、鈴子の髪の毛だったのだろう。
それがこの夏一家に起きた不思議な事だった。
父親が聞く。
鳴子、あれはいったい何だったんだい。
鳴子はうつむいて、あの糸は葬式場で片足カラスの『しぃらさん』に貰ったと言った。
それから、二度と鳴子が鈴子と話すのを見ることはなくなった。
間をおいて、貰いうけた犬が身ごもった4匹の仔犬をすべて死産し、
奇妙な出来事はすべて終わった。
『霊聴』アンジニティサイド
この話に出てくるまじない人形を譲り受けたのは、ほんの偶然だった。
頭が大きく体が小さい頭身の低いデザインで、大きさは子供ほど。
表面を綿に覆われたしっとりした人形だった。
こめかみとあごにくぎが打ち込んである以外は目立つ部位もなく
くすんだベージュ色で、装飾のお世辞にも見目良いとは言えないこの人形は、
けれどもその頭部の丸みには不思議な魅力があった。
昨年、ミルクリムという名の魔法使いが人の心を悟る魔法式を考案した。
いつの時代も魔法使いの生命倫理というものは議論の的となる。
精神に関する倫理も同様だ。
禁忌とまではいかないが「人の心を読む」ということは、あらゆる面で取り扱いに注意が必要だろう。
ミルクリムは魔法の発表しながら、利用を広めることはしなかった。
何重にもダミー式の織り交ぜられた難解な魔法の
全貌が明かされることはなかったのだった。
僕はこの知らせを聞いて、第一に人の心を悟る魔法というのはおもしろそうだと思った。
悪用するつもりはないのだから、知りたい。でも、公表が難しいのだろうことも解る。
そんなことを考えていたものだから、
夏の露店祭で「好きな人の心が解るパワーストーン」なんてものに目を止めた。
僕がこの品物に興味を持ったので、露天商が
ひくひくと笑いながら、『掘り出し物』を取り出してきた。…それがくだんの人形だった。
この人形は、パワーストーンよりもずっと強い魔法道具で、
顎のくぎを引き抜いて、膝にのせて頭をなでると
その人物の心を悟って口から語るからくり人形だという。
ふむ。
ミルクリムの魔法よりはずっと精度は落ちるのだろうが、
どの道二束三文だ。そうしたわけで、僕はこのまじない人形を手に入れた。
人形の釘をはずす。
どうもあの露店では長い事ほったらかしになっていたらしい、
指の腹に着いたほこりをなする。
僕はためしに、友人を招いてその人形を抱かせてみた。
互いに半信半疑で物笑いのたねに、というくらいだったが、
人形は口を開いて、中から機械的なちぐはぐな調子の音声が漏れた。
『あな た をあ い し てい る』
僕は驚いて「それは本心なのか?」と尋ねると、
友は気まずそうに、しかし観念したようにうなずいた。
僕たちは目を見合わせて、どっと笑い出した。
感激した僕たちはそのまま集められる限りの知合いを招いて、この人形を撫でさせた。
僕たちはひとしきり盛り上がり、
結果、この人形は、思っていた以上の何倍もの精度で
人の心を見事に言い当てることが解ってきた。
そうなると、次に興味が湧くのはこのまじない人形の作り手の事だった。
ミルクリムの研究は僕のような魔法にそれほど熱心でない人間の耳にも届いた。
このような人形があるのなら、もっと話題になっていてもいいはずだ。
僕はこの人形を作った人物に会いたいと思った。
魔法使いは変わり者が多い。時には世情に疎く、自分のしていることの価値がわからない
世捨て人のような研究者がいるものだ。
大方この人形の作り手もそういう手合いに違いない。
露天祭の最終日、僕は同じ露店に足を運んだ。
しかし、店はもうそこになかった。
その場所では、がっかりする僕と同じように、魔法使い風の女性が一人困ってその跡地を眺めていた。
僕は「この店の人を探しているのか」と聞いたと思う、その女性はこうしたことを言った。
「この店は盗品を売っていて、わたしの人形が盗まれた」のだと。
それからは、とんとん拍子に話が進んだ。
彼女こそがまじない人形の作り手であり、
僕は人形を返す約束で彼女の家に招かれた。
面白い話が聞けそうだし、彼女は将来有望な魔法使いなのだろう。
知合えてうれしいという気持ちでいっぱいだった。
僕は浮かれて自室に人形を取りに帰った。
僕は、
鞄に詰めようと人形を手に取って、ふと何気なく自分の膝に置いた。
『い きたく ない 、い き たく ない』
…。人形がつぶやいた、怪訝に思った。
僕はあの魔法使いに話を聞きに行くのが楽しみだった。
人形は何を言っているのだろう。僕は行きたい。僕は――
その時、本当に咄嗟のことで、なぜそんなことをしたのだろうと今でも思うのだ。
あるいはそれが彼の意思だったのかもしれない。
僕の手が、人形のこめかみの釘に手が引き寄せられた。
かぱり。花びらのように折り重なる人形の外面を剥いでいく。
子供ほどの大きさの人形の中には、
梱包材につつまれた、人間として最小限の部位が入っていた。
皮と軟骨のはがれた圧縮した頭蓋、そこから尻尾のように連なる脊椎、
ばっと背中に汗が噴き出した。
魔法使いの家には行っていない。
僕はすぐさま協会にこの人形を届け出て、
そしてそこで、ミルクリムが行方不明になっていることを知らされたのだった。
僕はまだ怯えている。
もしもあの時、あの魔女の家に足を踏み入れていたら、
どうなっていたのだろうと思う。
今も夢に見る。それが何かも知らず、あの人形のまるい頭を撫でたことを。
…
協会の話では、ミルクリムは魔法の全容を教えるように詰め寄られ、
きっと断ったがためにああされてしまったのだろう、ということだった。
あの魔法使い――魔女、ドーラ・シーラは
しかし、否定の世界に堕ちたらしい。よかった。
あんなおぞましい奴は、監獄から出しちゃいけない。