──これは、そういう話なのだ。
──ぐちゃり。
泥濘を踏みつければ、スニーカーに泥が跳ねた。
≪sice 3:00≫ ハッピーエンドのお約束Ⅰ
──異能。 異なる力。
それがこの世界に蔓延するようになったのは、一体いつからだったろうか。
この島で、異能力者とは珍しい存在ではない。むしろ逆だ。
異能をもつ人間というのが当たり前である。
それを持たない人間は肩身の狭い思いすらしているのかもしれない。
異能というものにより、この島の摂理は一般的な現代社会とは僅かに、しかし大きく異なっている。
人に害を与える可能性ある力には、
規制を。
人としての尊厳を守るために、
規律を。
人としての営みを守るために、幼い子にも
教育を。
己の心身に負荷を与えるものは、もはや病ともいえるだろう。
制御しなければならない。 理を保つために。
共存しなければならない。 平和であるために。
理解しなければならない。 ひとであるために。
では、その"ひと"とは、一体なんなのか。
すでに化け物染みているくせに、それでも我々は人間である。
人間のくせ、"否定され追放された者"たちと戦えという。
──血の色をした、どろどろのなにか。ナレハテというらしい。
これとわたしは、一体何が違うのだろう。
わたしにはそれを証明する手立ても、既に持ち合わせてなどいないというのに。
わたしには、それを他者と見分けることすらできないというのに。
男は眼前の少女に尋ねた。
雨も降っていないというのに、傘を差してくるりと回す。
打ち捨てられた自動車。電化製品。
劣化したコンクリート。枯れ果てた草木。
鈍色の世界で、そこにいる少女はやたら鮮やかな姿をしていた。
──酸化しきっていないのか、彼女の衣服に染み込んだ赤色は目に痛い。
彼女が歩く度、足元には血だまりが広がっていた。
このまま流せば致死量となるだろうに、少女は飄々としている。
……迷惑な現象だなと思った。家には上げたくないと思う。
ともすれば、事件現場となるだろう。
背をかがめて、少女の目線に合わせる。
「お前には、オレが何に見えている?」
新緑の双眸を見る。
そこに映り込む姿は──大人か。
男か。兄か。赤の他人か。か弱い獲物か、人間か。
──XXXXが死んだ。
病死だったか、事故死だったか、老衰だったか、殺されたのか、わからない。
そして、それを気にしてすらいない。
それが家族だったか、恋人だったのか。
友人だったのか、ただの他人だったのかも定かではなかったからか。
──否。そうではない。
それだけではない。

──その身は人間。遍く人々となにも変わらぬ有象無象。
然して中身はがらんどう。
──鏡を見たとしよう。では、そこに映るのはなにか。
自分だ。鏡はそういうものなのだから、当然である。
けれど、そうではない。
そこに映る人間という生き物が、既に、"自分"だと認識できなくなってしまったのだ。
 |
ミハル 「姿で判断をする? そんなの、容易く人の手で変えられてしまうのに」 |
故に、"私"とは姿を示すものではない。少なくとも、それだけで判断はしない。
実際、このワールドスワップによって、アンジニティに堕ちたものたちは仮初めの姿を得た。
そんなものを、"個"として認識するにはあまりに心許ないではないか。
結局、彼らがイバラシティに溶け込むためにもっとも必要としたものとは、何か。
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ミハル 「思うにそれって、他者との繋がりだったり、共有した時間だったり」 |
──ぽつり。
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ミハル 「他者や、場所に残した記憶だったり……」 |
ぽつり、ぽつり。零れていく。
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ミハル 「そうして生まれた感情や責任を全部を引っ括めて、 命の重さや価値になるんじゃないのかと思うんだよね」 |
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転生者 「……なにが言いたいの?」 |
要領を得ない話に、少女は男を睨み付けた。
しかし、彼はまるで意に介する様子もなく、にこりと微笑みを返す。
徐に立ち上がれば、彼は周辺を宛てもなく歩き始めた。
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ミハル 「じゃあさ。仮に、それを持たない人間がいたとしよう」 |
ザリ、ザリ。コンクリート片を踏む。潰す。
 |
ミハル 「自らの軌跡も、感情も、他者との時間も繋がりも──全て失くしてしまったとしたら」 |
──土のにおいがする。
 |
ミハル 「それってさ」 |
「きっとオレはもう、"オレ"ではないってことなんだよ」
それは、雨が降った後のような──しめった泥のにおいだった。
──暗い、昏い、光のない沼の底のような、においだった。
異能 『 泥被る造花 』
1.
██から█████奪う。█████████████は問わない。
この場で指す███とは、█████████████████████のこと███。
2.
██████████操る██████。例えるならば、██████み。蝋人形。
3.
2の████████████寄生させる███、██████████████████。
████████████際には█████邪魔と██、██████████てしまう。
███ものに██████ない█████を長時間███████こと████弱化・崩壊████████████。
また、保有する███████せ、誘惑し、陶酔させること███。
4.
使用者自身に███████、精神・記憶の████可能。
█のため、【████崩壊█████はない。
5.
██████████ことで、使用者は代償として自身の【私】を一部損失する。
──なにも、なにもおかしなことなどなかったのだ。
過去の友人も、家族も、
自分の姿形さえも認識できない虚ろの中にいたというのに、
"妹"という存在だけを認知していた。
他にもいる。
彼女のように、あの日から突然"自分の中に入り込んできた生き物たち"が。
疑うことはない。何も違和感などない。
──それが、おかしいのだ。 自分にとっては。
全て失ったはずの人間に植え付けられた、この記憶が。
関係が。時間が、感情が!
ありえなかったのだ!!
彼女が妹どころか、正体もわからない存在だと知ったとき
それはそれは、彼女の存在が悍ましかった。
恐ろしくて、不気味で、気持ち悪くて……
気持ち悪くて気持ち悪くて気持ち悪くて気持ち悪くて……!
──顔がにやけるのを抑えるのに、必死だった!
 |
ミハル 「……ねえ、姫さま」 |
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転生者 「……!」 |
名も知らぬ少女を見るのは、ひとのかたちをしたもの。
びくりと肩を揺らし、彼女は一歩後退した。
──嗚呼、これではいったいどちらが化け物だというのか。
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ミハル 「とりあえず、先に進みましょう? オレはお前たち侵略者に敵対するつもりはありませんから。ココでも、あっちでも」 |
言うと、男は傘を持たない手を差し出した。
細められた目は、少女を映してなどいない。
彼女が愛しいとか、心配だとか、そんな感情はない。
ただ、──彼は手を差し伸べるだけ。
いつも、手を差し伸べてきただけ。
その手を取るのは、 いつだって、 ────。
「──神よ。おお、神よ。悪魔でもいい」
「いかなる犠牲を払おうと構わない」
「だから、どうか。私の愛しき人を、どうか……!」
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ミハル 「……さ?」 |
イバラシティを取り戻そう
家族ごっこを続けよう。
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転生者 「……イヤ」 |
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ミハル 「あれえ。つれなーい」 |
なお、手は叩き落とされた。