03:棘 [ハリ]
【 Type:So 】
Section-A

伊予島八重子について尋ねると、その印象は接触した時期や環境によって大きく変わる様だ。
彼等が語る伊予島の印象と、実際に目の前にいる伊予島は全く別の人物の様にも思える。
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雫 「…実銃を使えばいいのに。持ってるんだから。」 |
メンテナンスから戻って来た電動ガンを渡しながら呟く。
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伊予島 「まぁ!いけないわ、雫ちゃん! 銃は生き物に向けて撃って良いものではないのよ?めっ!」 |
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伊予島 「銃を 」 |
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雫 「 『持つ上での一番大事なお約束』でしょ。聞いた。」 |
伊予島はよくこの『お約束』を持ち出して来る。
それをいつも大事に抱えている。宝物のように。
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雫 「でも笑顔でナレハテ撃ち殺したババアが言っていい事じゃないんだよなぁー」 |
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伊予島 「うふふ♡」 |
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雫 「………。」 |
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雫 「…死んだ旦那との約束がそんなに大事かね。」 |
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伊予島 「? 大事にするものでしょう?」 |
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雫 「…かもね。」 |
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雫 「旦那が死んで悲しい?」 |
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伊予島 「とっても悲しい。」 |
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伊予島 「とっても寂しくて、とっても不安で、目の前が真っ暗になったわ。 とてもこれからを生きては行けそうにないくらい。……でもね。」 |
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伊予島 「今は雫ちゃんがいるもの。だから平気よ?」 |
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伊予島 「…あのね、とってもロマンチストで情熱的な人だったのよ。何て言ったって私、 初めて会った時に、あの人に開口一番に熱烈なプロポーズをされちゃったんだから♡」 |
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伊予島 「君の射撃の腕は素晴らしい。僕のものにしたいから結婚しよう! って。」 |
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伊予島 「………。」 |
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伊予島 「……ちょっと待って。 今考えるとこれ、別にロマンティックでも何でもないわね…?」 |
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雫 「あんたってそういうとこあるよね。」 |
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伊予島 「…そのままついて行って、言われるがままにお役所でサインして婚姻届けを出したような…」 |
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雫 「当時から頭おかしくない?」 |
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伊予島 「おかしくないわよぉ!」 |
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伊予島 「で、でもね!?夫婦仲は本当に良かったのよ!? 結婚後はすぐに専用の射撃場も作ってくれたし、それだって『家の中だけじゃ飽きるだろうから』って、 お外にも新しい射撃用施設をいっぱい建ててくれたし、」 |
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伊予島 「海外遠征にもしょっちゅう連れて行ってくれたし、 免許も講習も思うがままに取らせてくれたし、装備も欲しいものは何でも買ってくれたし…!」 |
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雫 「はいはいオーケィ。…終了!」 |
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伊予島 「あーん!」 |
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伊予島八重子は歪んでいる。 |
行動を共にするようになって半年強。最近になってそう思う事が増えた。
それだけ互いの事を深く知りつつある、という事なのかもしれない。
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だからと言ってそれがどうしたという訳でもないのだが。
伊予島と共に行動すると決まった後、彼女の家に武器や装備、貴重品の一部を回収しに行った。
「コレクションルーム♡」などと可愛らしい名前で伊予島は呼んでいたが、あれは武器庫だ。それもかなりの規模の。
元々"そう"いった組織とも繋がりがあり、これまでにも武器庫なんてものは何度か目にした事はあった。
そんな自分ですら、柄にもなく立ち竦んでしまった程の。
玩具や模造品だけではない。そんなものは比較にもならない。実銃の方が数も規模も圧倒的だった。
一つ一つご丁寧にライトアップが施され、飾られた様はなるほど、確かに「コレクション」なのだろう。
まるでSF映画のワンシーンのような部屋は、少なくとも本職が扱う実用的な武器庫ではない。
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(当然、思った。それでも伊予島は"そっち"側の人間なのかもと。 …でも調べた限りでは八重子の旦那は限りなく白。) |
社会的にはどこも後ろ暗い所はない、圧倒的な財力を持つただのミリタリーマニア。
少なくとも、集めた銃で人を殺めたり組織に流すといった痕跡を、雫は終ぞ見る事はなかった。
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雫 「『銃を持つ上での一番のお約束』 これが「基本」。 免許を取って銃を所持し、ルールに則って純粋にスポーツやゲームを楽しむ。 …本当にただそれだけ。自分にも、八重子にもそれを徹底させてた。」 |
とは言え、少なくとも司法で物を言えば、
あの収集規模や所持の範囲、その内容については明らかに複数の法に抵触するものでもあった。
交付してくれるのならきちんと免許も取るが、そうでないのなら知った事かという事なのだろうか。
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雫 「そういう意味じゃ真っ黒。 社会的地位や職種については白でも、プライベートにおいては犯罪者。救い様のないサイコパス。」 |
あの夥しい数のコレクションは、単に財力だけでなく裏でよほど灰汁どい事をして集めてきたのだろう。
徒ならぬこだわりと執念深さが無ければ成し得ぬ至り。その領域。そこに伊予島という男の狂気を見た気がする。
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つまり、そういう男の「妻」なのだ、八重子は。 |
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雫 「八重子自身が収集品。伊予島という男のコレクション。 ただ銃を撃って的に当ててりゃ良いだけの生活。」 |
それが伊予島が妻に求めた唯一のもの。八重子に求められた唯一の価値。
自分の銃がどのようにして手元へ来たのかなど、八重子自身は知りもしないし疑問に思う事もない。
おそらく興味もないのだろう。その必要性を感じない。
当然だ。それでこれまで彼女は十二分に生きていけたのだから。
だからこの先も彼女がそれらを疑問に思う事は無いのだろう。
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。戦闘大好き♡
好きなケーキはクロカンブッシュ。
可愛いケーキが好き。と言うかケーキは何でも大好き。ドリンクは紅茶派。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。非戦闘員。
好きなケーキはオペラ。
特別甘い物が好きな訳ではないけれどチョコレート系は結構好き。ドリンクはコーヒー派。
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伊予島 「雫ちゃん…」 |
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伊予島 「あ…あのね、ちょっとお願いというか…要望というか…確認というか。 その…ええと。」 |
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雫 「何よ、はっきりして。」 |
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伊予島 「ケーキ…いえ、何でもいいのよ? その…何か甘い物がね、食べたいわぁ~…って。」 |
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伊予島 「あっ も、勿論分かっているわ? こんな状況ですものね!?無理にとは言わないのよ? ただ、雫ちゃんの"クロ-ク"に何かそういう物が無いかしら?って… 無いなら良いのよ?本当に!」 |
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雫 「無いわね」 |
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伊予島 「ですよね」 |
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雫 「………。」 |
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雫 「……もっと言って。」 |
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伊予島 「え?」 |
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雫 「足りない。 もっと、ちゃんと、しっかり、はっきり言って。」 |
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伊予島 「??? ええと……ケーキが…食べたいわ?」 |
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雫 「もっと」 |
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伊予島 「ケーキが食べたいわ!?」 |
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雫 「まだまだ」 |
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伊予島 「!?」 |
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伊予島 「…っ わ、分かったわ! 雫ちゃんがそう言うなら、私頑張るわ!」 |
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伊予島 「…ケェーキがァ!食べたァいッ!!」 |
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雫 「もっと強く」 |
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伊予島 「食べさせろォー!!」 |
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雫 「もっと傲慢に」 |
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伊予島 「ケーキィッ!早く持ってきてェッ! さっさと用意しなさいよォッ! 美味しいケーキ、私に食べさせなさいよォッ!!」 |
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雫 「もっと理不尽な感じで」 |
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伊予島 「こっちはお金を払っているのよォーッ! いいから私の言う事を聞きなさぁーい!!」 |
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雫 「論外。 金貰ったらやる事やるのは当然でしょ。 金額に見合うだけの仕事はするに決まってる。馬鹿にしないで。」 |
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伊予島 「えぇ…」 |
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雫 「ほらもう一回。もっと理不尽な感じで。」 |
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伊予島 「う…うぅ…」 |
溜まらずその場に泣き崩れて膝をつく。
その辺の雑草?を思わずブチブチッと引き千切った。
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伊予島 「…これで!ケーキ!作りなさいよォ!美味しいケーキ! 苺よ!苺のケーキじゃなきゃ嫌よ!」 |
大の字になって寝転ぶ。
スーパーでお菓子を強請り駄々をこねる幼児の様にバタバタと手足を振っている。とても見苦しい。
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伊予島 「じゃなきゃもう戦わない!もう進まない!えーと…観光やめる! もうこの場から一歩だって動かないんだからぁ! いいの!?良くないでしょう!?じゃあ早く持ってきて! 可愛いいちごのショートケーキ、さっさと持ってきて!あと、えーと、 …どうせ雫ちゃんの事だもの、こんなのパパっとやっちゃうんでしょう!?ほらやって!!」 |
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雫 「難しい顔してる。」 |
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伊予島 「うん……私ね、思ったのだけれど。」 |
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(まーたろくでもない事考えてるなこのババア…) |
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伊予島 「人ってね…一人では生きてはゆけないの。」 |
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雫 「おっそうだな」 |
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伊予島 「ほら、私には雫ちゃんがいるけれど。それで身も心も満足はしているのだけれど。 でもやっぱり不安や欲は尽きないの。私ね、人の温もりが恋しいわ!」 |
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雫 「ちょい待ち。解読する。」 |
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伊予島 「オッケィ~♡ 」 |
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雫 「……。」 |
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雫 「…えーと、つまり……周りに人があまりいなくて寂しいし暇してるって事ね?」 |
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伊予島 「そう!そうなの!そんな感じだわ!」 |
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(だったらそう言えよ…) 雫 「そういう事ならコミュニティにでも入れば?もしくは作れば?」 |
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伊予島 「?」 |
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雫 「コミュニティ。
ほら、こういうの。」 |
Cross+Roseを操作しながらコミュニティ一覧の画面を伊予島に見せる。
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雫 「 って言うか、前回入ったよね?やらかしコミュ。」 |
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(予定外の参加だったから と言わんばかりのメタ顔) |
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伊予島 「コミュニティ!そういうものもあるのね! ねぇ雫ちゃん、私、参加してみたいわ! それに作る事も出来るのよね?私、作ってもみたいわ!お友達ができるかしら!」 |
過去の過ち(やらかしコミュ)から目を逸らしつつ、
まるで初めてその画面を見たかのような振る舞いで喜んでいる。
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雫 「んじゃ操作方法教えるから。まずこの一覧画面から 」 |
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伊予島 「これ!あとこれ!それにこれもね!これもだわ!」 |
バババッと気になったものは手当たり次第に連打。参加した。説明を聞け。
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雫 「……コミュニティの作成はこの画面に行って、こことここに何か好きな文言を 」 |
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伊予島 「作成ってこのボタンかしら!?えいっえいっ♡」 |
そういうとこだぞ。