少し話を聞いてほしい。
俺の名前は卯島渉。イバラシティに住むごく普通の詐欺師だ。厳密にはグルーブの末端。
人の善意につけ込み利益を巻き上げる──そういう、屑みたいな普通の悪人。
フリーターとして普通のアルバイトもしながら所属先の顔色を伺い、世の善意を踏みにじる悪行に加担している。
最近は金を入れる代わりにヤクザに擁護してもらえるようになったんで、そちらでもヘコヘコするようになった。どちらにせよ三下だ。
褒められた人間でないことはもうおわかりだろう。昔は俺も真面目に働いて建築に携わってみたいとぼんやり思ったりなんだりしていた。
でもそれじゃ正攻法過ぎて、時間が掛かり過ぎたんだ。
だって、俺にもあるんだよ。
今すぐどうにかしたいって逸る心くらい。
気づけば目的と手段が入れ替わる過ちくらい。
それが取り返しのつかないところへ来てしまった例を体現しているだけだ。
まあ、こんなつまらない話は置いておこう。俺が碌でなしって分かればそれでいい。
ただ碌でなしで済めば良かったが、ついでに能無しだから笑えない。
この街の住人はふつう、何かしら異能を持っている。発現するまでに個人差はあるが、俺には固有の異能と呼べるものが現れていなかった。何かしら持っていたとして、自覚できないほど地味な力なんだろう。
幼馴染の莉稲ですら『卵焼きを美味しく作る補正を得る』能力があるのに、俺には何もなかった。
無論それは持っていれば良いというものではなく、一生の足枷になる能力、特異だが凄くはない能力、あっても益にはならない力の類だって珍しくない。
しかし無ければ無いで、社会というのは他と違ったモノに目が行くようにできている。そうして自分が他と違うのだと、対外的に理解させられる。
そして俺だって誰かの何かになりたいって承認欲求ぐらい持ち合わせていた。
異能なんて関係ないのに俺じゃその何かになれないという劣等感は人一倍強く──なんでもよかった。
だから、ヒーローは諦めた。
なのにだ。
ある時この傍迷惑なクズは、今更ヒーローに近づく力を与えられてしまう。いや、正しくはヒロインというべきか。
「なァ、オメー卯島渉だろ? そんな情けねェツラで世界の危機から一人で生き延びる気かい」
おかしな日のおかしな出会い。
謎の声に数多の住人が「この街は異世界“アンジニティ”から侵略を受けている」とまことしやかに告げられたあの日。
異様な色に染まった空の一端を見て、もしかしたら本当にやばいのかもしれないと思う傍ら、弱者は弱者に徹して生きるさだめなのだといつも通り負債を増やした帰り道。
怪しいサメのぬいぐるみは俺に軽快に語り掛けた。
「あんな馬鹿げた話、本当だとして俺にはどうしようもない。生き延びるどころか早々にくたばるだけなんだよ」
なんだか疲れていたのもあって、夢か幻と思った俺はへらへらとそんなことをこぼしたと思う。
「じゃァ、あのコとふたりで一緒にくたばるか? だジョー」
そいつは取ってつけたような語尾を添えて、悪質なセールスみたいにカマを掛けてきた。
「おッ、適当に言っただけなのに良いカオするねェ。ヘッヘ、くたばれねェ未練があるんじゃねェの? 諦め悪く手放せないもんがさァ」
嬉しそうな声を上げるぬいぐるみを訝しがりながらも、俺は自然と耳を傾け──
「なァ、渉。守りたいものはあるか。お前が損しても壊れても、最悪死んでも譲れないってぐらいの」
──頷くことになる。
「なら、そのためにくれてやる。この俺、鰐淵さんが──手を貸してやるよ、特別にな」
『鰐淵さん』と名乗るぬいぐるみはからから笑って、俺にもうひとつの姿を与えた。
それが因幡うさ子──うさぎの耳を生やし、華美な衣装と愛らしい奇跡を纏った存在。所謂“魔法少女”である。それに変身する力が俺に貸された能力だった。意味がわからない。
わからないし頭を抱えるのだが……変身して身体能力が飛躍的に向上した小柄な少女である間は、卯島渉ではなくなる。
俺が俺でなくなって、誰かに手をさしのべられるなら。それは願ってもない理想的な力だった。
こうして俺はウサミミ女に変身する力を借り受けた。
侵略者なんて現れないまま日常を過ごし、異能も便利な移動手段くらいの扱い方しかできず、侵略話もたちの悪い悪戯であったかに思えた頃。
防衛の時はいきなり訪れ、決戦の舞台“ハザマ”へ俺は否応なしに上げられる。
荒廃した世界で戦うことになった36時間──
イバラシティとアンジニティのハザマに落ちた俺の話を、因幡うさ子としての在り方を、汐見莉稲の4度目の裏切りを。
あと、少しだけでいい。
どうか、誰か聞いてほしい。