──わーくんが高校出たくらいの頃だったかな。
よく行ってた遊び場にもあまり来なくなって。
たまたま街中で見つけて話しかけたら、鼻におっきなガーゼつけててね。
もうびっくりしたから、聞いちゃうでしょ。どうしたの!?って。
そしたら名誉の負傷だとか鼻声でか格好つけるの。バイトの最中に階段から落ちた、なんて言って。
どんな名誉になったの、って聞いたら金になったって。
それ、名誉じゃないよねえ。怪我しなくてもお給金は貰えるもん。
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道すがら、莉稲が朗らかに卯島渉という人物を語ってくる。盗み聞いた自分の話というのはどうも居心地が悪い。
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うさ子 「変なヒトですねー。その、渉お兄ちゃんは」 |
鼻をさすりながら当たり障りのないコメントをした。
当然自分のことはわかりきっている。その頃からだ、金稼ぎに躍起になり始めたのは。
だから名誉の負傷と宣った怪我が、頭を床に打ち付けられた際にできた怪我であることも知っている。簡潔に言えば当時借りた金の利子分を誤ってしまい、返済額にちょっと足りなかった。本当にちょっと。
しかし足りないものは足りない。大方なめてかかる若造に「二度と間違えるな」と刻み込む戒めだったのだろう。それか機嫌でも悪かったか。
兎も角、運が悪く厳しい制裁を受けて鼻血が止まらなくなったので病院沙汰になってしまった。
その時は始終を見ていた先輩にあたる人から「倍にして返せ」と言われながら治療費を借りて、先の不足分含めて必死に稼いだことを思い返す。
なにせやることが架空請求とかパチモンに尾ヒレつけてオークションに流すとか、引っ掛かる相手さえいれば業務時間というものがない。
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莉稲 「変な人だよねえ〜。でもね、いい人なんだよ。コンビニでわたしの分もチキン買ってくれるし、 この間はエレベーターの止まってるビルで4階までおぶってもらって……」 |
善い人であるはずもないそれを、彼女は嬉しそうに持ち上げる。
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莉稲 「……早く見つかるといいなあ」 |
放っておけばいいものを、彼女はこの世界に来てからずっと探しているようだった。
「わーくんは異能が無いから」なんて心配をして。そこはまず自分の安全を確保するべきじゃないのかと言い聞かせたい衝動をぐっと堪える。どうして忘れ去ってくれないのか。
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うさ子 「変な話ついでに変なコト、訊くんですけど。……お姉さんもやっぱり、イバラシティに勝ってほしい…… ですよね? その理由って訊いても大丈夫ですか?」 |
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莉稲 「うーん……そうだねえ。やっぱり……楽しい思い出とか好きなもの、沢山あるから。 そこで会えた人もみんな残ってほしいなって思っちゃう」 |
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莉稲 「けど、私達が勝ったらアンジニティの人達はどこにも行けないのかなあ。 それは、すこし悲しいね……。街で仲良くしてた子でも、みんなお別れだもんね」 |
眉尻を下げながらも笑おうとする彼女に、なんだそれ、と思ってしまった。
彼女の主張はどこか外因に重きを置いている。
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うさ子 「……。友達とか、家族とか、知ってる人がみんなアンジニティだったら。それならお姉さんは──」 |
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莉稲 「うさ子ちゃん……?」 |
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鰐淵さん 「オイ」 |
会話を切るように鰐淵さんが割り込んで、はっと我に返る。自分が今問おうとしたのは、何の為だ。
彼女は「自分が残りたいから」とは言わなかった。言ってくれなかった。
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鰐淵さん 「……もう少しで拠点に向かえそうなトコがある。早いとこ行くジョー」 |
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うさ子 「も、もしかしたら渉お兄ちゃんとも合流できるかもですね!」 |
本音を奥へ奥へと引っ込めて、不確かな励ましを鰐淵さんの声に乗せる。
今できるのは頼れる戦士として彼女を護り、愛想のいい少女として彼女の支えになることだけ。
愚直なまでの彼女の優しさをも救ってやることなど、到底できなかった。