『響奏の世界』イバラシティ 。
特殊な能力を持った人々が住まう街。
私たち
『アンジニティの住民』は驚くほどすんなりと
この世界に馴染むことができた。
与えられた姿に、与えられた名前、記憶。
それらは平穏なこの世界に準拠したもので、
『否定の世界』から逃げ出したい私からすれば
この『侵略』の時間がいつまでも続けばいい、と。
それ以外の感想は特になかった。
欲を言うならば、何とかして『侵略』のルールから
逃れてこの街に残り、他の侵略者はアンジニティに
送り返されてほしいと思うことはあったけれど。
それはこの街が平和だと思っていたからだ。
それはこの街の住民が優しいと信じていたからだ。
今は──そうは思わない。
イバラシティ アンジニティ
『響奏の世界』の住民も。『否定の世界』の住民も。
等しく地獄に堕ちてしまえばいい。
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「いい加減にさあ、警察に駆け込みなさいよ」
傷の手当てをしながら▇▇▇は膨れっ面でそう言う。
僕が止めていなければ、彼女は僕がされていることを
洗いざらい警察に話しているのだろう。
それをしないのは、僕がそう願ったから。
『お星様』へのお願いではなく、▇▇▇へのお願い。
だって『先生』は僕のたった1人の家族だから。
彼女は僕の意思を尊重してくれるけれど、それでも
こうして度々お節介を焼いてくれる。
「とばりがやだっていうから黙っててあげるけど、
それってほとんど私も共犯みたいなものだからね?」
私の鼻先を指で弾き、▇▇▇は不満げに呟いた。
「本当に危なくなったらちゃんと言うこと。
死んじゃったりしたら、どうにもならないんだから」
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皆が私を疎んだ。皆が私を憎んだ。
私が抱えていた『ただ当たり前の願い』は
私以外の皆にとっては邪魔でしかなかった。
旧い幸福は棄てられて、新しい幸福を歓迎する。
それが『世界』の在り方なのだと。
だから私は置いていかれてしまった。
それを理解できるほど、私は世界をよく知らなかった。
何となく分かるのは、進む世界に逆らった私は
本来淘汰されるべき存在であったということ。
しかし実際にはそうならず、ただ『否定の世界』に
追放されるだけで終わってしまった。
確証はないけれど、▇▇が手を回してくれたのだろう、と。
私は今もそう信じている。
ただ、それが私を憐れんだ結果なのか、それとも
他の皆と同じように私を憎んだ結果なのか──
それだけが、分からない。
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音を奏でた。歌を唄った。
毎日毎日、少しずつ前に進んではいたと思う。
それでも僕の演奏は、僕の歌は『先生』が求める
ものには遠く及ばなかった。
焦っていた。僕も、『先生』も。
練習の時間は日に日に長くなっていった。
上達はしても、怒られる頻度は増えていった。
見限られるのが怖かった。見捨てられるのが怖かった。
その日、練習時間が終わっても僕はピアノに向かっていた。
真っ暗な部屋の中で習ったばかりの曲を伴奏に
口慣れない歌を口ずさんだ。
そうして──気付いた。気付いてしまった。
僕の歌は『暗闇の中』でしか輝かない。
それが僕の──『異能』だった。