『イバラシティ 』。
それが『侵略』の対象になった街の名前だ。
私たち侵略者──アンジニティの住人は
能力『ワールドスワップ』の効果によって
その世界に於ける仮の姿、仮の記憶、仮の過去を得た。
全く馬鹿げた話だと思う。
世界の事象をまるごと書き換えるなんて、
まるで神か、それとも悪魔のような力。
ともあれ私はその恩恵を受けて『イバラシティ 』での自己を得た。
この地での私の名前は▇▇▇。
与えられたのは、彼女と共に過ごし、別れた──悲しい記憶だった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
僕が奏でる音は『先生』を満足させるには足りない。
それでも、その音に惹かれて褒めてくれる子がいた。
「今日の演奏さ、すっごく良かったよ!
ここの部分とか、私すごく好きだなあ……」
嬉しそうに、楽しそうに感想を口にする彼女の存在は
いつしか僕にとって大きな癒しになっていた。
彼女の名前は▇▇▇。
家の外に漏れ聞こえたらしい僕の演奏を聴いて、
その足で部屋まで押し掛けてきた女の子。
あのときは『先生』に叩き出されてたけど……
以来僕たちはこっそり、こうやって待ち合わせている。
「私ね、毎日のとばりの演奏を聴くのが楽しみなんだ。
今日はどんな曲が聴けるのかな、って。
もうそれが楽しみで明日が待ち遠しいくらいだよ」
屈託のない笑みを浮かべる彼女につられて、私も頰が緩む。
練習が辛い日もあるけれど、彼女が喜んでくれるなら、
もう少しだけ頑張ろう、と思えたんだ。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
ひとつ、またひとつと文明の灯が消える。
ヒトはそれを『厄災』だと呼んだ。
違う。私は貴方たちを苦しめたくはない。
ヒトはそれを『神の怒り』だと呼んだ。
違う。私は決して怒っていたわけではない。
ただ、私たちの存在を忘れて欲しくなかった。
星々の光がヒトを導き、共に笑い合ったあの日に
戻りたかっただけなんだ。
たったそれだけだったのに?
どうして私は怨まれなければならないの?
ヒトが、精霊が、神々が私に牙を剥く。
文明の光に照らされ、消え逝く定めにあった者たち
までもが私に刃を向けた。
どうして、どうしてなの?
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
「私ね、『願い事』を叶えることができるんだ」
▇▇▇の指先で小さな光の球がくるくる回る。
蛍のように明滅するそれはきらりと煌めいて
僕の指先についた小さな切り傷を綺麗に消し去った。
「いや、『私が』叶えるっていうのはちょっと違うかな。
お星様がね、私のお願いを聞いてくれるの」
自慢げに囁きながら、彼女は他に傷がないか
確かめるように僕の手を撫でていた。
「もちろん何でもってワケにはいかないけど。
でも、もしとばりが叶えたいお願いがあったらさ。
そのときは私に教えてよ。
そのお願い、お星様まで届けてあげる!」
彼女は期待するような瞳で僕を見ていた。
それなら何かお願いしてみようか、と。
僕は自分の『願い』を探してみる。
僕の願い事は──?