02 / 01:00
誘われるがまま彼女に会い、話をして、決定的な"違い"を思い知らされた。
少なからず似た境遇にありながら、彼女には支えになるだけの存在が居なかった為に道を外れ、自分には
母という強い繋がりが身近にあったことで、今まで人であり続けられたのだと。
いつからだろう。あの子の何もかもを分かった気になっていたのは。
自分の欲求を抑えていたせいか、勝手なイメージを押し付けていたせいか。
いつの間にか、彼女をしっかりと見ることが出来なくなって――剰え、期待を裏切るような真似をした。
自惚れや傲慢から来る思い込みが良い結果を生んだりはしないと、一年前に学んだばかりだというのに。
過去の経験を活かせず、過ちを繰り返そうとする自分を"彼女"が見たら、いったい何と言って叱りつけるだろう。
――わたしはまた、大事な人を失おうとしている。
問答を経て己の弱さを自覚し、向き合って、折り合いを付ける決心はついた。
胸の内で燻っていた想いを吐き出せて、幾らか肩の荷が下りたとも思いたかった。
そうやって偏に安心していられないほど目先の問題は多く、大きく、険しい。
一人で抱えられる自信は微塵もない。
本当の意味で彼女を理解するのは極めて難しい。
これを不可能だと言い切らないのは、願望が混じっているせいだ。
彼女を知ろうと努力する過程で、無意識に自分を上に見てしまうかもしれない。
そういった考えを、行動を、一種の同情と受け取られるかもしれない。
そんな危惧に苛まれるほどに、今の自分は感情が表に出やすくなっている。
彼女に救いの手を差し伸べるには役者不足だと分かってしまうことが、どうしようもなく辛く苦しい。
利害が一致しているこの短期間の内に、何かしてやれることは。
考えども考えども、答えは浮かばなかった。
◆ ◆ ◆
ハザマで時間が経つにつれて、あの街での記憶が流れ込んでくる感覚がある。
あちらとこちらとで自分が同時に存在していると一旦は解釈したものの、その認識はどうもしっくりこない。
なにせどちらが主時間か判断が付きにくいうえに、両方に"ミクスタ"が居るのだから結論が出せるわけがない。
ともあれあちらでの出来事を振り返るに、凡そ人間らしい日常を過ごせているらしい。
だがそれは必ずしも平穏な生活を意味しない。恐れていた問題の幾つかは表面化してしまった。
向こうでの経験から何か閃きを得られれば、などと楽観視していられるかも最早怪しい。
自分に出来ることを探して、実行する。
果たしてどれだけ残っているかは見当もつかないが――或いは既に何もない可能性だってあるが――あらゆる犠牲の上に成り立っていることを忘れないために、少しでも前に進む。
もう迷っている余裕はないのだから。
◆ ◆ ◆
/02:00
最初に対峙したものとはまたえらく風変わりな、それでいてある意味ではこの世界らしい存在と一戦交える機会があった。
石で造られた動く壁、あの街でもたまに目にする不良な学生、蝶の翅を持った妖精。
さして苦戦することはなかったが、それらの正体に興味が湧かなかったと言えば嘘になる。
連中がこの世界の毒気のようなものに当てられると、赤黒いアレに変貌するのか。
或いは逆に、赤黒いアレが何かをきっかけに多種多様な姿に変化・進化するのか。
それとも、単にアンジニティとして否定されてきた者達そのものか、その末路か。
何であれ、"人でなくなったもの"との戦いは慣れている。
出来ればより人型から外れている方がこちらとしてもやりやすいのだが、愚痴をこぼしてどうなるものでもあるまい。
この世界は、否が応でも昔を思い出させようとする。
その性質や現象は好きでも嫌いでもない。
しかし、それらにつられて自分まで人の道を外れやしないか。
仮に外れてしまった時、果たして双海七夏という存在はどのように変質するのだろうか。
考えはしても、敢えて実行に移すほどの気概はなかった。
そうして思考の渦に囚われているうちに、今度はあの街に居た侵略者と相対する。
中には同じ学校の生徒が一人。接点こそなかったものの、校内で度々目にしていた後輩の変わり果てた姿。
繋がりの薄さが幸いしてか戦闘に差し障る事態には陥りこそしないが、結果として相手を取り逃がすこととなった。
手を抜いたつもりはない。けれど侵略者と呼ばれる者たちを侮っていた節はある。
更に言うなら、明確な殺意に対して諸々のブランクを埋めきれておらず、普段ならありえない隙や詰めの甘さが生まれもした。
あの街での生活を悔いたりはしない。
とはいえ、咄嗟の状況に対応し損ねるほど温くなっていたのかと、自分を責めたくなる。
――弱点の露呈を恐れたりせず、異能格闘の一つや二つ、経験しておいたなら。
過ぎたことばかり考えても仕方がない。
これから先、幾らでも身体を動かす機会は増える。
戦いに身を投じ、一撃与える度、一撃貰う度に"守り人"としてのスイッチが入っていき、いつか終止符を打った時。
自分は、わたしは、人のままで居られるだろうか。
/03:00