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それは、戦いの最中のことだった。 戦況は素人目の僕から見ても劣勢、僕が歌を完成させる前から次々と仲間が倒れていく。 歯がゆい思いでそれを見つめながら、僕は旋律を重ねていた。 その時、まだこの世界に来たばかりで戦いは明らかに僕より向いていないライズには離れてもらっていた。 そのライズが僕に向かって叫ぶ。 「グラハム!」 悲鳴混じりの声に前を見ると、敵がもうすぐそこまで迫っている。 間に合わない――ぎゅっと目を瞑る。 だが、敵の攻撃が僕に当たる瞬間に黒い影が目の前に立ちはだかった。 敵がその人影を切り裂く。 ぱっ、と赤い飛沫が舞い僕の白い雲に斑模様が出来た。 とっさのことに声も出ずに居ると、人影から声がかかった。喉をやられたのか掠れて聞き取りにくい声。 「……怪我はないか?」 「あ……うん。ありがとう」 ありがとう、という言葉が何だかとても場違いに思えた。だが、かける言葉が見つからない。 言葉を探しているうちに、人影の体勢ががくりと崩れた。そのまま倒れ込むところを何とか雲で受け止める。 黒い髪に一筋煌めく銀。僕を庇ったその人は、深刻過ぎるダメージを負っていたが、まだその瞳は光を失ってはいなかった。 「……勝てよ」 目の前には一向に減らない敵。 それを見て、僕はその思いに答えることは出来なかった。 ――この戦いは、おそらく負けてしまう。 そんな思いが頭をよぎった。 しかしこの人に伝えるわけにはいかない。 「……ありがとう。僕の雲の上で休んでおいで」 そう伝えると彼は瞳を閉じ、気を失った。 僕程ではないけれど、幾分か細長い体をそっと雲の上に横たえる。頭を僕の膝に乗せると、ブルーグリーンの服がみるみる赤黒く染まっていった。 それでも歌を小さな声で歌い続ける。僕は僕の仕事をしなくてはならない。 旋律を完成させても、倒れた人の傷を癒すことは出来ない。それが僕を焦らせる。 早く手当をしないと―― 一瞬の気の迷いを突かれたのか、頭に大きな衝撃を感じた。次いで途方もない痛みが襲いかかる。 「グラハムっ!」 ライズの悲鳴を聞きながら、彼に折り重なるように僕は倒れた。 ***** 聞くところによると僕たちは負けたのだが召喚士の彼女は駒を一つ進めたらしい。それは何よりだ。 僕は雲を抱きかかえるようにベッドで眠っていた。怪我人はここに運ばれるようだ。 身を起こし周りを見ると、まだ起きあがるものは少ない。鏡の世界の者は人間より治癒力に優れているらしい事がこの世界に来て分かった。 多少ふらつくものの、明日大事をとれば問題ない。 「グラハム、まだ寝てなきゃ」 ライズが心配そうに見つめてくる。 「大丈夫。それより僕は行かないと。ライズ、君がそこで寝ておいで」 「ぶひゅっ」 ベッドに突き落とすと雲に乗った。行き先は彼の元、だ。 彼はいくらか血の気が引いている顔をしている。喉元や体に白い包帯が巻かれていて、いかにも怪我人といったところだ。 深い眠りに落ちているのか、頬に触れても彼は目覚めない。 「……」 彼の顔に僕の黄緑の髪がはらりと落ちた。 「……庇ってくれてありがとう。でも勝てなかった。ごめんね」 僕は、戦う手段を持ち合わせていない。それが酷くもどかしかった。 小さな声でそう呟くと、彼の節だった手をとって胸の前でそっと祈った。 早くよくなりますように。 |
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