新王が打ち倒され、魔神の目論見も潰えたメルンテーゼではちらほらと一揆の喧騒も落ち着きだして、
代わりに街では平和を賛える賑わいが興りだした。
人々は剣の代わりにパンを持ち、建物が焼ける代わりに肉が焼け、血の滴る代わりに赤ら顔の口から葡萄酒が溢れる。
そんな様子をナナシはふわりくるくる空を飛び、遥か上から眺め見る。
ああ、いくつかはこの世界で知り合った友人に教えてもらった料理があるな、と宴の様子を流し見る。

そしてスィとそのまま風に乗り、街の賑わいから離れれば、湯屋と城とを結ぶ点…何かがあれば水際となり得る場所へと舞い降りる。

そう、声をかけたのは見た目何もない岩の上。腰をかけるのに程良さそうな、ただそれだけの岩の上。

その呆れた声に答えるように、不意に岩の周囲がゆらりと揺らぐ。陽炎めいてゆらりと揺らぐ。

そこから現れたのは一揆が始まり次第姿を消した三精霊の三人目。
湯屋を営み湯を沸かす、それを放棄し討って出た。八千穂という名の三人目。

八千穂はそう言い嘆息すると、踵を返しその場を去ろうとする。
……それをさせじと、ナナシはひゅるり空を駆け八千穂の前を塞いで見せて。

見れば、周囲には簡素な墓と弔いが一つ、二つ、三つ…十を超えてもなお足らず、百を超えても物足りず…幾多の戦いの跡が残されていた。

八千穂の言葉にナナシはハァ…と疲れたような声を出す。
この面倒くささは変わらないな…と、幾分の懐かしさを抱えながら口を開く。

八千穂は答えない。
嘘偽りを言えぬ性分であると知っているナナシはそれを肯定だと捉えた。

そう言い八千穂の腕に手を伸ばせば、むんずと掴み歩き出す。
八千穂はその手を振り払い。………しかしゆっくりと歩きついて行く。
鬼の古巣の三精霊。火精と木精が並んで歩く。

居れば思わず悪態ついて、話せばやっぱり気に食わない。そんな相手ではあるけれど。
湯屋の仕事を投げ捨てて、仲間を探して数日かけて、お客もめっきり減らしてしまったけれど。
それでもこうしてようやく揃い。それが何だか嬉しくて。

知らず思わず笑みが出た。

ああ…やっぱり、三人揃わなくては始まらない…と、二人笑ってもう一人の待つ湯屋へと帰路についた。

八千穂と共に歩くナナシが、ふと思い出したように振り返る。