お祭りムード一色に染まった街の中。
その喧噪から少し離れた路地裏を、一人の少女が歩いています。
真っ白な髪に、病的に白い肌、薄氷色に煌く瞳。
その表情は一見すれば仏頂面にも映りますが、僅かに緩んだ口許と、
控えめに聞こえる小さな鼻歌は、彼女の機嫌が良いことを示していました。
彼女の手で揺れる籠には白い布巾が被され、中に何が入っているのかは見えそうにありません。

ふと、物陰に何かが見えます。
白いフードを被った頭がちらりと覗きますが、それはすぐに隠れてしまいます。
それを見つけた白い少女が、どこか嬉しそうな様子で傍に寄ります。
誰かの名前を呼びながら、その物陰を覗き込み────

強烈な蹴りが白い少女の胸のあたりを直撃し、吹き飛んだ彼女の身体が後ろの壁へと叩きつけられます。


「ア────……、あなたは、誰？」


通常の人間であれば、一撃で心臓を破壊していたであろう攻撃。
それに驚いた様子は見せても、ダメージを受けた様子はありません。


「伯爵の遺した絶望の種、その最後の一粒……、私は、ようやく見つけることができた。」


白い少女を蹴り上げた彼女、その白いフードの下に、赤い瞳と淡い金髪、エルフ特有の長い耳が覗きます。
その手に抜かれたリボルバーの銃口は、白い少女の顔へとピタリと向けられています。
近くに落ちた籠を、長耳少女が怪訝そうに見遣ります。
彼女には、その籠に見覚えがあったからです。
気違いのお茶会としか言いようのない異様な光景が脳裏に浮かびます。


「……また、私を殺しに来たの？」


鈴の転がるような白い少女の声色に、長耳少女がびくりと反応します。
殺し合ったことはあっても、白い少女の声を聞いたのは、これが初めてだったからです。
もっと怪物じみた奇怪な異音で喋ってくれれば、気も楽なのに。
そんな事を思いつつも、白い少女の問い掛けに答えるのでした。


「あなたのような人喰いの怪物を、野放しにはできない。」


「……そう、なら、好きにするといい。」


そう言って目を閉じて大人しくなる、白い少女。
想定外の展開に面食らいながらも、長耳少女はややばつが悪そうに目を逸らします。
逸らした視線の先に映ったのは、先の籠。
落として転がった拍子に、その中身が幾何かこぼれ出したのでしょう。
無残に地面に散らばったそれ────小麦の焼けた甘く香ばしい匂いのする何かを、指でつまみ上げます。


「これは……、クッキー……？」


そう言って、恐る恐るながらも、籠にかかった布巾をずらし、中身を確認します。
中に入っていたのは、元が何であったのか想像もしたくない、
見るだけで正気が削り取られていくような感覚に陥る異形の物体……などではなく。


「友達と、焼いたの。」


籠の中にあったのは、様々な種類のたくさんのクッキー。
しかし、そのどれもが割れて砕けています。
地面に落としただけでそうなるとも考えにくく、おそらくは先の足蹴りに際してどこかにぶつけたのでしょう。
その惨状を目にして白い少女は、涙こそこぼさないものの、今にも泣きだしそうな表情をしているのでした。
その表情に、今度は長耳少女の方がうろたえてしまうのでした。
静かにクッキーの残骸を拾い始めた白い少女の背中に、たまらずに声を掛けます。


「そ、それくらい……！
　……今度、私が焼くの、手伝ってあげるわよ……。」


その言葉に、今度は白い少女の方が、目を丸くして驚きます。
長耳少女の方はといえば、またやってしまった、といった表情で頭を抱えて首を振っています。


「……勘違いしないでよね。
　あなたが人喰いの怪物であったという事実は変わらない。」


そこまで言うと、顔を真っ赤にして、俯き首を頭をぶんぶんと振っています。
そして、照れ隠しをするように、恥ずかしそうに白い少女へと向き直ります。


「私が殺しにきたのは、あくまで怪物であって……！
　間違っても、友達とクッキーを焼いたりするような女の子じゃない。
　そう、私はあなたのことを監視するだけなんだから！
　もし、あなたがまだ、人に害を為す存在であった、その時には。」


驚いた顔で目を丸くしていた白い少女は、少し呆然としていましたが、
その言葉に、元気よく頷いて応えるのでした。





　+ + +




「……相変わらず、甘いでちゅねー。」


歩き去ってゆく白い少女の背中を見ていた長耳少女に掛かる声。


「……なんだ、ずっと見てたの？」


特に驚いた様子もなく、その声に答えます。
長耳少女の後ろでは、いつからそこに居たのか、赤い眼鏡の少女がにやけ顔で壁にもたれて立っています。


「……まあ、私はあなたのそういうところも好きなんだけどねー。」


緊張感の欠片もないような声の声に、長耳少女はやや呆れた顔を見せつつ。


「折角だし、帰る前に私たちも、この世界のお祭りを見ていこっか。」


そんな言葉を残しつつ、二人も表通りの雑踏の中へと消えてゆくのでした。

そう言うとナナシはミオに入浴を促し笑う。
このあと何が起きるのか。一波乱や二波乱。はたまた安穏平和に癒しの時が流れるか。
それは定かで無いけれど…恐らく最後は笑顔で二人はこの日を終えるだろう。

戦う楽しさなんてものを理解する時が来るのかな？

それだけ言うと風に煽られたように浮き上がり、くるくるっと立体軌道して昇り始めたばかりの太陽の方に向かって飛び去っていきました。

だめだこれ

紅茶を淹れる。２つのティーカップに、深い琥珀色の液体が注がれていった。

ぴっ、と指を振ると、空間の裂け目から少女が落ちてくる。

服がはだけて、顔も上気している。
体つきは、醜い異形へと変貌していたが……慌てて、人間の姿へと戻り、着衣を整える。

暁光が見守る魔女の家に、少女の叫びが響いた……。