――休暇が取れました、約束を果たせそうです。
　そんな風に書かれた手紙を受け取ったのは、一揆が終わってから半年くらい後のことだった。








　一揆が終わって、故郷――シウナウスの森――に帰ってから、半年が経った。
　焼けた森を初めて見た時は、やっぱり酷くショックだった。
　主様はもう、還られたのだろう。
　分かっていたことだけれど、その事実が痛かった。

　それでも、エンブリオと取り戻したネクターのお陰で、もう若木は芽吹いてきている。
　元通りの森になるには何十年も、何百年もかかるだろう。
　けれど、いつかはきっとそうなる。
　命は廻って行くのだから。
　そう信じている。

「コトカ？　その格好で行くの？」

　身支度を済ませた私に、目を丸くして問うてきたのは母様だった。
　その格好、と驚かれることは何も無いはずだ。
　私はいつものローブを着ている。要するに、森における正装をしている。

「普通の格好でも良いんじゃないかしら」
「だって、お客様よ？　わざわざ遠くから来てくれた、お客様」

　何日もかけて、彼はエクラタンからここまで来てくれる。
　王城へ進攻をしていた時のように険しい道のりではないけれど、それでも骨の折れることだと思う。

「ちゃんとした格好で出迎えなきゃ駄目でしょ」
「でも、お客様の前にコトカのお友達でしょう？　そんなに堅苦しく考えることは無いと思うわ」
「……まあ、そうだけど」
「それに、ミハウくんもコトカが可愛い格好をしてた方がきっと喜ぶんじゃない？」
「母様、からかわないでちょうだい」
「からかってなんかないわ」

　そう言う母様はくすくすと笑っている。これがからかいでなければ何なのだろう。
　いつの間にかイヌワシの姿を取っていたウルヘアも、止まり木の上で頻りに頷いている。こんな時に実体化しなくて良い。

「……、……着替えた方が良いかしら」
「私はそう思うな」
「ピィ！」

　母様とウルヘアに勧められたから、着替えることにした。
　もし似合ってないって言われたり（彼はそんなことを仮に思っても言わないだろうけど）、変な顔をされたりしたら、この二人が悪い。
　私は悪くない。そういうことにしておく。








「おじ様にも、来ることは伝えてるわよね」
「うん、この前言った」
「改めてお礼が言いたいって言ってたから、落ち着いたら案内して差し上げて。あ、もちろんうちにもお招きするのよ」
「分かってる」

　改めて身支度を整えたら、そろそろ家を出る時間になった。
　手紙で、村の入り口まで迎えに行くと約束をしている。
　止まり木に止まったまま、動こうとしないウルヘアに目を移す。

「ウルヘアは来ないの？」
「ピィ、ピーィ」
「……どうせ家に呼ぶだろうから待ってるって？」

　どうも一緒に来てくれないらしい。ウルヘアはこういう時に限って融通が利かない。
　ちゃんと一人で話せるだろうか。会うのは随分久しぶりだ。
　とはいえ、四の五の言ってる時間は無い。
　大丈夫。いつも通り話せば良いのだから。
　そう言い聞かせて、家を出る。

「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」




　坂道を下る。村まで歩く。
　本当に、会うのは久しぶりだ。一揆の最中、ずっと一緒に居たことが遠い昔のように思える。
　半年というのはそのくらい長い気もするし、逆に短いような気もする。

　村に着く。村の入り口まで続く道を歩く。
　彼は変わっているだろうか。
　久しぶりに会うのだし、また敬語で話されたらどうしよう。
　それどころか呼び捨てじゃなくて、さん付けになってたらどうしよう。流石にちょっと、嫌だ。
　でも、送られてくる手紙を見る限りでは、きっと彼は変わっていないのだろうなと思う。

　もう直ぐ、村の入り口だ。
　何を言おうか。何を話そうか。
　村に着く大体の時間は教えてくれだけれど、長い道中だ。もしかしたら待たせているかもしれないし、まだ来ていないかもしれない。
　自然と歩みが速まる。




　村の入り口に着いて、待った時間はそう長くなかった。
　見覚えのある、見忘れることなんてしない、その姿が見えた。
　ゆっくり歩いて来ていたけれど、私に気付いたら駆けてきて。
　それが何だか、嬉しくて。

「久しぶり、ミハウ」

　笑って、私はそう言った。

満面の笑みを浮かべて、手を振る。
きっとまた会えるだろうと、そんな小さな期待を胸に抱いて。コトカと同時に背を向ける。

そんな事を考えながら。

すと歩を戻し、距離を取って。

それから踵を返すコトカを見つめて、
ふと、

思い出したように、その名を呼んだ。

慨嘆のような響きすら以って、
そのように声を漏らした。

物陰から貴女を見つめるふたつの瞳。

どくにんじんは何も言わず貴女へ近づくと、
その手に怪しいにんじんを握らせた。

手を振りながらどくにんじんは離れていく。

貴女は手の中にあるにんじんを捨ててもいいし持ち帰ってもいい。
どんな運命を与えられようともあなたのにんじんはあなたに従い逆らわない。

どんな選択をとろうとも、縁を持ってしまった以上、
いつかまた再開できる可能性はなくならないのだから――――

深呼吸をひとつして、一歩、前へ進み出る。
武器を確かめるように握り直して、構え。

倒れた敵を一瞥し。
深く、一呼吸の間を置いてから、傍らの少女へと向き直る。