――半年が、あっという間に過ぎて。


そして、私は、また、旅に出た。



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涼やかな風が頬を撫でる。
一年中温暖なエクラタンに比べれば、北の地方はずっと気温が低い。少し肌寒く感じるのに歩みを緩めて、一度立ち止まった。背負っていた荷物袋から防寒用のマントを取り出すと、ジャケットの上から羽織る。空いていた首周りに布を寄せると暖かくて、ほっとした。
マント留めを留めて、見た目がだらしなくないように直しながら、ふいに首筋に触れる。いつも首に巻いていた髪は、今はそこに、ない。
髪を切ったのは、故郷に帰ってすぐだった。元々、成人すると同時に切り落とす為のものだったけれど、一揆の最中にそんなことをしている余裕は無くて、帰ってからになってしまった。
切った頃からすれば、多少は伸びたけれど、それでも前のように、編み込んで首に巻ける長さじゃない。こんなに短いのは、きっと本当に小さな頃以来だ。そのせいか、未だに違和感を覚えてしまって、慣れられないでいる。

「あ、」

ついでに地図を取り出そうとして、ひらり、と何かが落ちる。
慌てて拾い上げてみてみれば、それは一通の封筒だった。
シンプルなそれの、表書きは私の名前。コトカさんからの、一番新しい手紙だった。

あの日、約束してくれた通り、彼女からの一通目は、私が故郷に帰りついて数日後に届いた。突然、目の前に現れたウルヘアさんの姿に驚いて、見ていたイェジに大笑いされたのも記憶に新しい。
彼女から送られてくる手紙には、日常の事が細やかに綴られている。森についてのことだとか、村での出来事だとか、ウルヘアさんのことだとか。書き方は淡々としているけれど、それがコトカさんらしい。
私の方といえば、街で起きた出来事や、自警団の仕事のこと、家の花園であの花が咲いたとか、イェジのこと。何気ないことでも、思いつくままに書いては送った。
一緒に旅をしていた頃も話はしていたけど、どうしても話題は進攻に関することの方が多かった。だから、手紙を交わす中で、初めて知ったことがいくつもある。
言葉にするよりも、文字にしてしたためる方が上手く吐き出せているのかもしれない。
そうして、何度か手紙をやりとりして。街の復興もようやくひと段落がついた頃。
長期の休暇申請を出して、それが通った。
その夜、届いた手紙にいつものように返事を書いて、最後に一文、付け加えた。


――長めの休暇が取れました。やっと、約束を果たせそうです。


待っていてくれたウルヘアさんに託して、荷造りを済ませて。
旅立ちの日の朝、届いた手紙が、今手にしているそれで。


――待ってます。


そう、書かれていた。
封筒を荷物袋にしまいこんで、今度こそ、地図を取り出す。周りの景色と、地図の道を照らし合わせて、確認する。
今日も朝早くから歩いてきた村への道のり。印をつけておいた村の場所と、現在位置は、地図の上ではもう指ひとつ分くらいの距離だった。
顔を上げた先、家屋が集まる場所が、ここからでも確認できる。

あと、もう少し。

荷物袋を背負い直して、歩き出す。
疲れは確かにあったけれど、もうあと僅かもないと分かれば、どうという事はなかった。


もう少し。
村の入り口が見えてくる。そこに、いるだろうか。
もう、いっそ駆けていきたいような。けれど、ゆっくりと歩いていきたいような。相反する気持ちが浮かぶ。
何だかおかしくて、小さく笑った。

もう少し。
近づいてきた村の入り口に、一人、人影が見えた。
長い金の髪が、日の光に晒されている。す、と立ったその姿。


コトカさんだ、と思った。


フードを被っていない彼女を見るのは、一揆の最中でも数えるくらいしかなかったけれど、そう、思った。
手紙に書いたとおりに、待っていてくれたんだろう。
だいたいの日にちは知らせていたけれど、それでも、きっと待たせたことに違いはない。

だから。


「――コトカ！」





名前を呼んで、駆け出した。



*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*


青年は駆けていく。約束を重ねて、望んだ場所へ

深呼吸をひとつして、一歩、前へ進み出る。
武器を確かめるように握り直して、構え。

倒れた敵を一瞥し。
深く、一呼吸の間を置いてから、傍らの少女へと向き直る。