どうしてこうなったのだろう、と考える。いつも考えてきた。子供の頃から。長じてからも。因果律を信じていた。ここで紙巻が燃えているのは、私が火をつけたから。私が火をつけられたのは、燐寸を持っていたから。燐寸を持っていたのは、それを作ったから。それを作れたのは、私が母さんに作り方を教わったから。遡り遡っていけば事態は綺麗な出来事の連鎖を辿る。どこかでそれは複雑さを増し、私には捉えきれな関係の網目を作るとしても、その厖大な因果律は、ただ複雑であるだけで、精妙で丁寧に、過去から未来へ、連綿とつながっているのだと信じている。

メルンテーゼにもはや王はなく、町々は華やぎ、私の臓腑はルヴナンに病んで、もはや歩みを進める意味が無い。理由が無い。妥当な死に場所だ、と、ささやく声がある。けれど私の中でまだ火が燃えていて――それは、まだ、歩く理由があると告げている。フィガロ。

命を永らえさせるすべが必要だった。フィガロの肉体をトリカゴウィルスの老衰死から守るディオールのように、死へと滑り落ちていく私の肉体を支えるエンブリオの力が。……肉体を過去へ引き戻し、傷病に健常を再現し続けるエンジェル、私のエンジェル、母さんが私に託したエンジェルの似姿に、もうひとつの力を与えるエンブリオが。……遡行するのではなく、滞留するためのエンブリオが。

城内に、ひとつ、不死のエンブリオの存在が、噂されていた。
現実にそれと契約した連中もいくらかは見た。
もしも、この革命のあとにも未来を夢見るなら、さらにずっとあまりに永い反復と転覆の中へ身を置くつもりであるのなら、出会わなくてはいけないエンブリオがあると、理知の底ではわかっていた。エンブリオによって死を遠ざけるフィガロ、生きるすべをエンブリオに代替させる燈子、まるで生き方の違う、けれどどこかで似たふたりの超常に、私は参列しようとしていた。

――ヴァンパイア。

私は空を見上げる。夜はまだ明けない。この時間を居所に、私はまだ、過去を夢見、未来へ流れていく。

昨夜から、眠りは私に訪れなかった。落ち着かないざわめきが心臓の奥にあった。今さら人を離れることを恐れているのか、どうか、私は訝ったが、やがて思い至った――私は母のように死にたかったのかも知れない。と。

私の肺は丈夫だった。けれど紙巻に咳き込みながら、自嘲して、私は笑っていた。どうしてこうなったのだろう。いつも考える。ルヴナンの眺めは私に過去の一切を開示してみせる。本のように、私はそれを読もうとする。過去の奥底に伏流する、今に至る因果を、読み解こうとする。どこかで違うところへ至った、私の分化を空想する。それでも過去はひどく巨きな全貌を持ち、私にはとても捉えきれない。どうしてこうなったのだろう。私はいつも、いつしか流れ着いていた見知らぬ遠すぎる地点でため息する。けれど、

今はフィガロがいた。ヤールがいた。それは多くの革命の挫折の向こうとは違う長めだった。怖れもあった。けれどどうやら、幸福だった。少なからぬ地獄を、過去にも未来にもいくらかは伴っているだろうにせよ。

どうしてこうなったのだろう。どこで私はこの未来へ滑り込んだのだろう。自問に答えはない。けれど私は問いをやめない。人でなくなったとしても。






　　もし問いがなくならないなら、
　　少なくとも答えはなくなってしまえ。

　　　　　　（サミュエル・ベケット『見ちがい言いちがい』）