焦がれる、という感情の動きを、忘れたようでいて奥底に燻り続けている。

　ただそれが自分のものでないことを知っている。
　自分ではない。自分のものではない。
　自分でない誰かの執着が奥底で身を炙ってその形を知らしめて、故に自分のそれを見失う。



　花冠よ、我がものとなれ――。



　その言葉を聞いた時の心の造作が、遠く霞んで思い出せない。
　あの日の自分は既に形を失って、知らない誰かに成り果てていて、確かに何か、心を動かされた筈なのだ。

　知らないふりをして求めないことを割り切って、ただ故郷の近くに在ることを幸いとして、それでも戻ってこないものにただ懸想して夢を見て、その夢の形すら定かでない。
　ただ幸いに似た形の幻想に浸ることばかりを望んでいた。



　焦がれていたのだろうと思う。



　家族を愛していた。
　ずっと戻りたい、あの日々を取り戻して、当たり前に過ごしていた時を尊んで、それが戻らないことを嘆いてもどうにもならないからと渇ききった心を横たえていた。
　ただ一人で完結した世界の中で、無為を無為と気付かないように、残滓に縋って時を過ごしていた。

　その中に投じられた一石の重さをお前は知らないだろう。



　――ずっとずっと、欲しがっていたのは私の方なのに。







「かえせよ！」

　――家族のもとへ。

「かえして」

　――彼のことを。



　届かぬ願いが花開き、実を結ばずに崩れ落ちる。
　散りゆく花弁の儚さを愛し惜しめど、後には何も残らない。

上半身を蛇のようにうねらせて干し柿を回りこむように見ている……

見ても良く解らなかったらしく、槍でつついて成分を調べようとしている。

むう、とぬいぐるみに対して拗ねたような口ぶりでいい。
この世界を訪れたことが、と聞いて「あ」と言葉を発し。

そして、続くいつまでいるのかという問いに少年とぬいぐるみは顔を見合わせる。

顎に指を当てながら逡巡する。

瞑目した眼を開く。

チャチャカはサラマンを指さした

何時間でも語れそうな勢いを見せたあと、一つ咳をしてから。

呟くような花冠の言葉を、ただフィーグルは黙して聞く。
まるでまどろみの中に在るような言動を、口に出さなければそれすら思いつかないかのような態度を聞いて。初めて、実感として生まれた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　クル
――こいつは、どうしようもないくらいに壊っている

それでも、この様子は奇妙な様に思えた。
実感できる程に、この男の中身が透けて見える。
あの竜は、彼にとって決して小さな存在ではないのだろう。
少なくとも、死せば悲しむだろうと思うくらいには。

人間はそういう風に言うこともあるんだろ？
肩を竦めつつ、青年はのたまう。

ため息を一つ。
笑う相手には苦い笑みを返す。



問いを聞けば、耳がパタリと。
気まずそうに視線がそれる。

返す言葉は静かだが、どこか重い。

『外の世界』は変化が多い。
それは幼い身体にとっては負荷がかかる部分でもある。
だからこそ、里に戻すために自分は妹を探していたのだから。

花冠へと、そう静かに返答するのだった。

　この世界を訪れた際に、本来の彼が持つ力を失った、とは聞いた。それが、起因しているのだろうか。
　彼が早く帰ることができれば良い、と思う。しかし帰る手段は見つかっていないのだろうし、自分もその当てなんて無い。
　だから心配そうな視線を投げかけるだけで、何も言えなかった。

　繰り返す。やはり大丈夫には見えなかった。
　それも断られてしまえば、それまでなのだけど。