長い長すぎる見知った廊下の左右に戸が並ぶ。ひとつを戯れに開けても人の気配はない。すでにいくらかの革命軍が踏み込んだあとなのだろう、絨毯は汚れ欠けた水晶があたりに散らばっていた。戦火の中で物資を調達しながら進軍するなら、つまり人は物盗りになる。私も誰も例外なく。三階廊下は私たちの歩いていた頃が嘘のように人で賑わっている。慎ましい声に物売りする影さえある。私たちがフィリーやソウを手引きしたように、一度侵入口の開かれれば、人々は雪崩れ込む。あちらこちらで鬨の声が響きいくつもの黒騎士の鎧が地に落ちる音が連鎖して聞こえる。革命は優勢にある。新王軍に押しとどめる堰はない。

先へ行かねばならない、と、急かすように火が燃える、胸の底で。こうして既に征圧されつつある境域を超えて、いまだ革命がその翼を明らかにしない空を行かねばならないと。その火は五体に巣食うエンブリオのもたらす痛みよりも少しだけ私の奥深くに息づいている。言うなれば生まれながら強いられた契約、いにしえの魔王エルが革命の世界にもたらした呪いの、強制された要素。革命の呪いは血によって親から子へと受け継がれる。異邦人である母の呪われていたはずもなく、疑いなく、《革命の呪い》は父から私へと引き継がれたものだった。私のはじまりのエンブリオが母から受け取ったエンジェルであるなら、その天使を運ぶ火はエルから下賜され父の継承した呪いだった。

強制型、と名指されながら、黒騎士は自らの契約を誇らしげに語った。そうしたこともできる。強いられた運命を自らのものとして選び直すことは。強制契約 contrat par la contrainte という言葉遊びに似た響きはその深刻さと裏腹の不思議な戯画の印象を与える。強制契約、それなら私も知っている。私たちの生の大半は知らずして既に投げ込まれたシチュアシオンの檻の中だ。交わした覚えもない書面が当然の面構えで利権を主張する。それに抗って闘うこともできる。それと共に闘うこともできる。私たちはその都度鎖された制約の中で一筋の道を選択する。

アヴィドの五体はエンブリオの発動を封じ込める。七色の檻を思わせる技は広域にその影響をもたらす。決戦戦力の大半をエンブリオに依存するこのメルンテーゼの戦闘で、その制約は恐ろしく強い。

だが、その制約のためにこそできる飛び方がある。どうした苛酷な庭にも咲く花がある。私はそうした苛酷さを望んでいる。始めよう。もう一度、何度でも。

自身から軽く逸らされたオルガの目を、訝しげに目を細めて見つめたのち。
自分も同様に、机の上に視線を落として。

はたと顔を上げ。

ちらとフィガロを見やりながら。

口を尖らせるさまに、一瞬きょとんとオルガを見つめ。
ややあって、小さく笑いを漏らした。

いいところなんだな。
そのつぶやきにふと目を細め――
しかし続く会話に、再び眉根を顰め。

そうしてその頭を振る様子に、わずかの間、言葉を失って。
口をわずかに開いたまま、視線だけを曖昧に逸らして。

どこか納得のいかない面持ちでそれだけつぶやいたのち、
小声で語るオルガにはたと目をしばたかせ。
ふ、と少しだけ笑ってみせた。

オルガの言葉に軽く肯定する。