「・・・クレーさん、いまよろしいでしょうか」
夕飯を食べ終えてゆったりしていると、カヤナから声をかけてきた。普段はおとなしく無口な子なので、話しかけられるのは珍しい。

「・・・クレーさん、わたしはこう見えても狐として長生きはしてきたつもりです。ですので、老婆心かとは思うのですが、忠言させていただきたいことがあります」
「あら、なにかしら」

カヤナはずいぶんと真剣そうな眼差しでこちらを見上げている。僕もしゃがんでカヤナと目線を合わせるようにする。

「・・・わたしのみるところ、クレーさんは他人を信用しすぎる・・・もっと悪く言えば思い込みが激しい部分があるように思います。信ずることは良いことですが、このままではいずれ大きな後悔をすることもあるのではないでしょうか」
「うーん。そうなのかしら？他人に騙されたり、裏切られたりなんて、身に覚えがないけれど・・・。」

自覚はさっぱりなかったが、カヤナはしっかりと人を見る目がある子なので、実はそうなのかもしれない。

「・・・いま、わたしが言うならそうなのかもしれない、とは思いませんでしたか？ いえ、わたしを信用していただけるのは嬉しいのですが、他人から言われたことを鵜呑みにするのはよくないことですよ」
「うっ、うーん。そうかもしれないけれど。でもやっぱり心当たりはないわ」

「・・・クレーさんは、信じすぎて騙されていることにすら気がついていないのではないでしょうか？それは、騙されていないと思い込んでいるだけなのです」
「たとえば、昨日ソラメロが『カヤナはハンバーグが好き』と言っていましたが、あれはソラメロの虚言です。彼女は彼女自身がハンバーグを食べたかっただけです」
「あら、カヤナは本当はハンバーグは嫌いだったのかしら？」
「・・・いえ、大好物です」
「じゃあ、いいんじゃないかしら。嘘ではないのでしょう」
「・・・そうではありません。ソラメロはわたしがハンバーグを好きだと言うことは知らないはずです。嘘は嘘なのです」

カヤナはふう、と一息ついて、さらに言葉を重ねる。

「・・・ハンバーグは、些細なことなので良いかもしれません。でも、同じように騙されている、思い込んでいることが、実はあるのではないのでしょうか？」
「騙されていることねぇ。うーん。さっぱり思い当たらないけれど」
「・・・狐とは本来、騙すのが得意な生き物です。だからこそ、心配してしまうのですが、たとえば・・・いえ、やめておきましょう。クレーさんがクレーさん自身で気が付かないといけないのです」

カヤナの言いたいことは理解はできたが、はたして僕は誰に何を騙されているのか、検討もつかなかった。

長刃を振り、血を拭った。