ホテルか。
よいのう、ホテル。
何がよいって風呂が広いのがよいな！

狭い風呂は足が伸ばせぬから窮屈なのじゃ。
広いところで思いきり身体を伸ばすと、極楽極楽という感じなのじゃ。

しかし、極楽とはどのような場所なのじゃろうな。
楽を極めたるところであろうから、悲しみも苦しみも、妬みも、嫉みも、痛みも、辛さも、そう言ったものは一切せんのじゃろうな。

そう言ったものが幸せかどうかと言えば、そういったことは昔から何度となく言われておるのじゃ。

悲しみがなければ喜びも感じられないのではないか、とか。
悲しみと喜びは一対のものだ、とか。

喜びに限りがないということは、喜びはどこまでも増大していくということなのじゃ。
のう、考えたことはないか。
喜びや悲しみと言った目に見えぬものに、どこまでも限りがないとして。
限りがないということは、どこまでも増えるということなのじゃ。

どこまでも増えるということなのじゃ。
では、どこに増えているのじゃ？

目に見えぬその喜びというものは、どこで増えているのじゃ。
増え続け、増え続け、増え続けて。
しかし、どれほど増えたところで、それに触れることも、見ることもできない。

これほど不確かであるというのに、しかし、喜びに限りがないということはわかる。

ゴクゴクと呑んでいるが、ちょっと勢いが良すぎる気がする。

　何処からか取り出した徳利を傾けて、和の酒精を杯に注ぐ。
　呑める性質じゃったか？　と、その杯を差し出して。

　くすくすと声を転がすように笑い。

　美味しい油揚げを欠かすでないぞ、と狐は片目を瞑ってウィンクした。

のろのろと顔を上げるクラガの腕から赤黒い焔が立ち上る。それは獣へと姿を変え、具現化した。