私達一揆に所属する人間には、必ず大きな花が渡される。
『紅色の生命の華』と呼ばれているものだが、これは一体何者なのか。
今になって考えるのは我ながら遅いと思うが、少し整理してみようと思う。

俗にいう『生命の花』は、一番最初のラルフ試験の後に授けられたと記憶している。
ルリアンナ嬢が、いくらかのネクターの花弁とともに渡してきたのだ。

「これは『紅色の生命の華』といって、特別なネクターの花なの。
　日々戦いの闘気を受けて成長し、咲き誇っている間はネクターをずっと分け与えてくれるのよ。」

ルリアンナ嬢は、ビロードを扱うかのように慎重に生命の花を手渡した。
そんな貴重なものなのかと、こちらも恐縮したものだ。

「自分達の闘気が著しく減ってしまう……つまり負けたりしてしまうと、
　この花は一度枯れて花弁はすべて落ちてしまうの。
　ただ枯れてそれで終わりじゃなくて、ちゃんと自分の力で元に戻るんだけどね。」
「それで、そんな貴重な花を2000人以上に用意しているのですか。
　コストパフォーマンス度外視というか、
　ネクターが増えるのは嬉しいですが、特別な効果とかは見込めるんですかね。」

この花の価値が当時飲みこめなかった私は、見当違いな返答などをしていた。
いくつか質疑応答などをしていたら、小僧が私の袖を引っ張ってきた。

「……我が君、僕この花のこと少し知ってます。学者の方に教えてもらったんで。」

そう耳元でささやく。
私はしばしルリアンナ嬢が席を外したことにかこつけて、小僧の話を聞くことにした。

「『紅色の生命の華』っていうのはアレです、僕の地元では『ライフイーター』って言われています。」
「おい最初から駄目じゃないかそれ。」
「嘘か本当かは知りませんが、持ち主の生命を少しずつ吸い取ってネクターのエネルギー源にしているみたいですね。
　吸い取るのはごく微量だそうですし、大輪の生命の花を咲かせるのでコスパはいいらしいですよ。」
「いや気持ちは分かるけど、生命力の消費でコスパを語るあたり本当にすごいなメルンテーゼ……。」

小僧は周りを用心深く見回す。ルリアンナ嬢に聞かれたくないのだろう。

「それで、あの花を戦士に渡すってことは散らす前提ですね。
　自分の生命力で生命の花を育てながら、いざとなったら散った花弁で自分を強化しろという話かと。
　『紅色の生命の華』自体が貴重なのでなかなか出回りませんが、
　ネクターが豊富な地元の軍隊ではごく普通にやってましたよ。」

生命の価値の高いであろう世界から来た私にとっては、眩暈のする話だ。
ルリアンナ嬢らしいといえば、それまでなのだが。

「そそ、やっぱりオブドルスク領の出身者は話早くて助かるぅ〜。
　このネクターはまさに自分が育てるものだから、大事にしてねっ。」

入口の戸のところに、にこやかなルリアンナ嬢が帰ってきていた。
私達ふたりは固まったままだ。

「あ、そうそう。ネクターはね、貯めたままじゃ駄目よ？
　ちゃんとエンブリオにあげて成長させておかないと。
　財産だって何だって、貯めたままだと盗られるだけ。これお姉さんとの約束ねー！」

そう言ってルリアンナ嬢は手をひらひらさせてどこかへ行ってしまった。
私はというと、慣れない習慣に戸惑いながら『紅色の生命の華』を眺めていた。


◇◇◇


これからどれくらいの月日が流れただろうか。
私達は進軍を重ね、危うい時もあったが勝利を勝ち取ってきた。
生命の花は私の手元で、枯れることなく大輪の花を咲かせていた。

そしていつしか、手元にはほとんどネクターの花弁が残っていない事に気づく。
私の最大の手札は、想像以上にネクターを消耗させていくのだ。
自分に向けられるであろう殺意から身を守るには、当然の投資ではあるのだが。

『随意なる奉仕者』をこのまま育てているのなら、大量のネクターが必要だ。
しかしネクターを大量に得る方法は限られてくる。

最初は軍事演習を開催することで、大本営から追加報酬をもらった。
こちらはとても効率的なのだが、軍事演習は開催できる回数が限られている。
強力な敵との大規模作戦を考えると、おいそれと使える手段じゃない。

そして、もうひとつの方法が『生命の花』を散らすこと。
おそらくは小僧の生命を吸っていたこいつを解放すれば、大量のネクターが手に入る。

ただこれ、花が散れば宿主はまた多くの生命力を吸われるのではないのだろうか？
『生命の花』が、大輪の花を咲かせるために。

「我が君、また難しい顔をしているんです？」

『生命の花』を虚ろな目で見ていた私に、小僧がコーヒーを差し入れる。
視線が『生命の花』へと移り、私が何を考えていたのかなんとなく察したようだった。

「ねぇ我が君、この花散らしちゃいましょうか。」

私は一瞬耳を疑った。
小僧は『ライフイーター』と揶揄されるこの花の恐ろしさを存分に知っているはずだ。
いつもならすぐに止めるところだが、とっさに行動に出ない程にはネクターが不足していた。

「僕らはどうせ、生命力を莫大に注ぎ込んで戦っているんです。
　ここで多少の投資をケチってどうなると？追い込まれてジリ貧になるだけじゃないですか。」

最近つとに感じるが、小僧の成長には目をみはる。これが若いということか。


「ならば戦いましょう、己の運命は自分で勝ち取るものです。」


小僧の笑顔は晴れやかなものだった、ここまで割り切れると怖いくらいだ。
あいつの意志であるならば、私は戦うしかないだろう。
ここでエンブリオを強くしておくことが、私達の運命を変えるかもしれないのだから。


◇◇◇


これで撤退戦作戦を敢行するも、これがうまくいかなかった。
いきなりスマホが本職の仕事のメールを受信するという訳のわからない状態になってしまい、
メルンテーゼの業務と元の世界の業務に追われていたのだ。
最初に着信した時の怖さはホラー映画の比ではなかった。

何故メールのやりとりが出来るのかが不思議だったが、
『職務中に行方不明と知って、親族がテロリストと取引を考えるくらい発狂していた』
と上司から聞いて、それ以上何も言わず与えられた課題を送り返すことにした。
幸いにも無事に生きている事を知り、取引の話は立ち消えになったようだ。

話をもどすが、さすがの私もキャパシティを超えて
『みんながんばれ』という作戦名で適当にやった結果、
敵が猛毒や炎にまみれて勝手に死んでしまい、撤退戦処理にはならなかった。
蛇足だがバケさんだけはきっちり言われたことをこなしていた。

――そして目指した戦場は、訓練場。

拠点を作りたい有志を募り、ラズロに挑むつもりで撤退する。
簡単に言うと偵察部隊としてラズロと相対することになった。
若干2名ほどに『またお前来たの？』という目で見られたが、そんなものはスルーする。

「……おや？またお客様ですか？
　誰かと思えばいつぞやの仲間の子が内部蜂起で襲われた方……。」
「おやおや、口説いているのが幼女じゃないから誰かと思ったが、
　ストーカー丸出しのその話術で思い出した。自分のスペックに対して狙いが高すぎるわ。」

ラズロはにこやかな表情を崩さない。むしろ周りが若干引いている。

「折角のリーゼロッテさんとのお手合わせ、邪魔しないでいただけますか？」
「あの坊ちゃんに言えばいい、引き込んだのは奴だ。」
「ほんとアイツ空気読みませんよね……。」
「お前はどうなんだと思うが、話題自体には同意する。」

公務員達が苦々しく会話する中、当のドロワは武器を持ちながら待ちきれないという様子だった。
おそらく話を聞いていないのだろう。
お互い引く理由は全くないので、武器を構えつつ私は撤退戦の準備をした。

◇◇

デュラハンやらバンシーやらの猛攻から距離を取りつつ戦線を離脱する。
流石にラズロならやってくれると思っていたが、予想以上に攻撃は激しかった。
これは対策が必要だと、あらためて考える。

「つまらない結果ですね……初めから偵察目的ですか。」

何人もの死霊に囲まれながら、ラズロが呟く。

「ああ、あの花を散らすためですか。
　あのお嬢さんも残酷なことをなさる……まぁ貴女は自分の意志で踊ってるクチですかね。」
「もともとそういう職業だからな。実利が取れればそれでいい。」
「私のこと根暗な公務員って言っておいて、あなたも公務員じゃないですか。
　ともかく、あのお嬢さんを過信するのはどうかと思いますよ？」

機嫌がいいのか饒舌なラズロを見据えつつ、自分の身を起こした。

「過信？私が格別の信頼を寄せていたとでも？
　私は私の目的の為に戦っているんだ、彼女が何をしでかそうと驚かんよ。」
「おやおや軍人らしかぬお答えで。律されない武官は怖いですねぇ。」
「本当だな、お互い気を付けたいものだ。」

私は自分の地図に場所ポイントを書き記そうとすると、『生命の花』が光を帯びた。
その刹那、紅い花びらが一面に四散する。大量の花びらが空中を舞った。

気が付けば、ラズロ一行も坊ちゃんや嬢ちゃんもその場からは離れていた。
私達は落ちた花弁を拾いながら、ただ1つだけ花弁を残している『生命の花』の脈動をかすかに感じ取っていた。


To Be Continued......

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※今回はNPCのルリアンナさんやラズロと愉快な仲間たちをお借りしております。