◆断片たち◆

　びちゃっ！ ぎし、ぎし
　そんな音を半覚醒で聞いた。
　物音が聞こえ目覚めたのか、目覚めたあとで物音を聞いたのか、どちらが正しいのかはわからないまま身を起こす。
　粘りつくような汗が鬱陶しい、蒸した暑い夜で、吐いた息も熱っぼかった。
　目覚めたばかりのうまく働かない頭を叱咤して感覚を研ぐ、再びの音で何かが叩きつけられたのだと悟った。
　一体何が？
　不可解な状況に不安が広がって行く、それを増長したのは音に混じった声だった。怒声のようなもしくは悲鳴のような。
　……ほとんどが悲鳴だ。
　自分が思ったよりも冷静でいることに驚く。恐怖が頭を冷やしたのかもしれない。だが寒気とはまた違った震えは体の芯から訪れ行動を阻害してもいた。
　音は近づいてきていた、それはこちらにくるというよりは道場の中を手前から奥へ進むのだという感じで、私の寝床がたまたま最奥に近い場所にあるためこちらにきていると感じるのだった。
　早く……！
　早く、何なのだろう？ 逃げ出すのが正しいのか、はたまた待ち受けるのか。


　判断は、保留。そうして開け放たれた襖の先に


暗転



「ひゃっぱひくいふはひいにおひするー」
　言語がだいぶ怪しかったのは、ご満悦のためだけではなく、私の髪に顔を突っ込んで喋っているせいだと思われた。
　青い髪の少女。イリスは私の後ろから首の左右に腕を通し、それぞれ逆の肩に触れるようにして密着している。
　先ほど言ったとおり顔は髪に埋めているらしく、ときたま呼気が頭皮を撫でた。
「あのさ、クリスは俺の彼女なんだけど？」
「なによ！ 私はたまにしか会えないんだから！」
　そんな私が恥ずかしくなるユリウスの主張も一瞬ではねのけられ、彼は肩をすくめた。とはいえ、本気で抗議をしたわけではないのは優しげな紫の瞳をみれば明らかだ。
　それを当然イリスもわかっているので遠慮をする様子はなく、何度となく鼻をこすりつけてくる。
　こうしているといろいろ思い出す。
　思わず笑みが漏れ、にやにやとバカにするような表情でユリウスにみられた。あとで覚えとけ。


　彼女がいった通りに三人が集合できる機会は明らかに減っていた。
　彼女は「図書館」の一員としてグランの補佐をしていたし、私達は革命の使徒としてさまざまな役割をこなしていた。
　共通するのは一つの場所にとどまることがほとんどないということで、それが機会を奪う最大の原因だった。
　もちろん、自分たちが選んだ道を歩むためには仕方のないことであると理解していたし、多忙な日々の中で時折「そういえばあってないな」と寂しくなりながら、なんとか我慢することをしていた。
　ただそれはなかなかにつらいことだったのだ。
　人生の一番楽しかった時期は三人で家族のように暮らしていたころだ、二人が同じように思っているかはわからないけど、同じだと少し嬉しい。
　もちろんそれまでが悪すぎたということも無視できないし、出会った時はそれぞれが大きな闇に呑まれかけた直後で、いろんなことが眩しいぐらいに輝いて見えた。
　だからこうして集まれた時。それらの日々を繰り返せるようにと、私はその度に思うのだった。



暗転


　獣のようだと称されれば乙女に対して失礼な。と返すぐらいの余裕と寛大さを見せていた。
　古より英雄はその力を非常時に欲され。常時には恐れられる。
　時にはそのまま、怪物として街を追われたり、自分から何処かへ消えて行ったりした。
　そういうものなのだと、何度か教えられた。
　学ぶべき教訓は力を持ちすぎるとろくでもないことになるということか、善意の見返りを期待しない方がいいということか。
　私自身のことをいうならばその答えは前者なのだろうと思う。
　自分ではできうる精一杯を行っていて、恐れを抱かれるほどのものを見せているとは思わないのだけれど。
　怯える羊でなくなった時に羊の気持ちを失ったのか。
　そんなことを時々考えた。


「はーなるほどね」
「期待していたわけじゃないけど、もうすこし興味のあるってことを示す反応はできないの？」
　「どうでもいい」よりは数段上の反応だったけれど、なんとなくイラっときたから早口でまくし立てた。
　お互いの背中をくっつけて座っているので表情は伺えないが、多分苦笑のようなものを浮かべてユリウスはいった。
「あいつらと戦える奴なんて滅多にいないんだから、その人たちが理解できなくて怖がるのもわからなくはないかな」
　クリスの場合は最前線で切り結んだりもするし、と付け足して。
「でも俺はクリスが特に変わったとは思わないよ。あ、昔から狼みたいだったって言いたいんじゃなくてな。弱いとこもいっぱいあるし、人の気持ちを持っていると思う、俺にこんな話をしてくるしな」
　そこまで聞いたところで、背中に感じていた彼の背中の感触が動いたと思うと後ろから抱きしめられる、続けた声はささやくようだった。
「ま、どうなっても、俺だけは味方でいるつもりだから」
「……ん。でもそれイリスが聞いたら多分怒るよ、私は仲間はずれかっ！ ってさ」
　私は彼女の声真似をして笑う、ユリウスもつられて笑って二人で声をあげ笑った。
　彼の手にこちらの手を重ねて、それなら大丈夫かもしれないと。声には出さず思った。



暗転



　私の髪は夜の闇よりなお暗く、黒で統一された全身をまた一つ闇に近づけた。
　冷え込みは厳しく、重い曇天がそれを手伝っている。
　星の一つも見えない空は冷たい雨の予感を孕み、私の心にまで暗雲をかけたようだった。
　もっとも、任務に当たる時は大抵が最悪の気分なのだから今更ともいえた。
　ユリウスは悪い日和だと言っていた。まったくもってその通りだと思う。
　だけれど人を殺すのにいい日和なんてないと私は何遍でも主張したかった。
　空気が、頬を、打つ。


暗転




　現れた彼女に私は告げる
「師匠……師匠の過去についてお話があります」
　きりと痛む胃を押さえ、覚悟を搾り出すように、私は言った

（右から左へと流れるように移動し、慌ただしくもとの位置に戻ってきて）

（首をかしげた）

差し出された右手を握り返しながら、軽く聞きすぎたという部分については、「自分から飛び出た訳ですから、御気にされませんよう」とも言葉を足して

サーリャの言葉に想像が容易に出来たのか、「確かにそれは駄目ですね」と言葉を漏らしながら

「フィーナさんの服と私が着てる服と交換してみたら面白いかも知れませんね」と笑いながら言えば、「落ち着いた頃合にでも服を見立てに行きませんか？」とも言葉を付け加えて

　くふー、くふーがひつようかも？　チビすけ悩むの図。

　真似はズルだと思ったか、言い留まって翻して。

　どこがどこに通じているやらまったく分からない建物です。
遠くてもいつかは近づくでしょう、能天気。その時行く方法方向に気付く可能性は、限りなく低いですが。

　あとはなるようになります。期を見てどうこう、と言わないあたりやっぱり危機感無し！

（略）

　自分ばっかり悪いと思ったのか、なんと飛びつかれても大丈夫（？）なように構えました。

何か思うことがあるのか、軽く唸り始めた。

スミレさんやシェイミーさん、フィーナさんの周りのエンブリオの気配をちらりと見てみる。

フィーナさんの魔法能力に思わず声を上げるが、
すぐに両手で口を塞ぎ、そのままヒソヒソと話し始める。

フィーナさんの頭を撫でようと、ゆっくりと左手を伸ばす

手持ちに飛べそうなのがいないか確かめている。

剣を抜く、二度三度と素振りをして、目を瞑ると彼女の周囲に光が集まり、衣装を変化させていく

数度、電気が流れたような音がして、ふよふよと鞘に収まったままの剣が彼女の周囲を囲むように浮いた